136 荘興、沈明宥と義兄弟の契りを結ぶ・その1
深まる秋の月が煌々と冷たく輝き、庭を青白く染めていた。
並べられた菊の鉢からよい香りが漂ってくる。
都・安陽と比べたらなんと暑い慶央の秋だと、愚痴めいたことも言ったことがある。しかし、真っ盛りの菊の香にさすがに季節は変わったと明宥は思った。
孫の如賢の傷も長旅にたえるほどに癒えた。
居心地のよい荘本家での客人暮らしではあるが、雪が積もる前に安陽へと続く山々を越えねばならない。
それを考えるとここを発つ時も迫っている。
酒の注がれた盃と肴を前に、明宥は一人座していた。
今宵もともに酒を酌み交わしながらおおいに語ろうと、彼は荘興を待っていた。
しかしながら、先ほど允陶に告げられた。
「宗主は用事のために少々遅れるとのこと。
しばしお待ちを」
荘興と明宥の間には、親子ほどの歳の差がある。
しかし彼らはお互いに一代で成した生業を持つ。
そしてその生業には世間に表立って言えない部分もまた隠し持つ。
そのせいか、不思議と気が合った。
昔のことそしてこれからのことを、二人して語り始めると時の経つのを忘れた。
……菊の香を楽しみつつひとりで飲むのよいだろう……
明宥が盃に口をつけたその時、あの夜と同じ笛の音が流れてきた。
今では彼もその奏者が白麗という名前の少女であることを知っている。
しかしその姿はまだ見ていない。
「ぜひ、お顔を拝見して、笛を聴かせていただきたいものです」
しかしながら、荘興は明宥の頼みをやんわりと退けた。
「あのものの病は、いまだ癒えていない。
客人を前にすることは、本人も望んでいないであろう」
そしていま、流れてくる笛の音に彼は首を傾げた。
夜毎に聞こえてくる笛の音が少しずつ力強くなりのびやかになってきているは、明宥の耳にも聴きとれた。
しかし今夜の笛の音はこれまでに聴いてきたものとはあきらかに違う。
明るく華やいでいる。
白麗という少女によほどの嬉しいことがあったのか。
そう思うと、少女を実際にこの目で見てみたいという明宥の思いはつのった。
彼は盃を卓上に戻すと立ち上がり、庭に降りた。
聴こえてくる笛の音を頼りに、いくつかの建物の間をすり抜ける。
庭木の下を這い、絡みつく蜘蛛の巣を払う。
そして彼は少女を見つけた。
青白い月の光を全身に浴びた少女が広縁に立ち笛を構えていた。
その姿は暗闇で光を放つ白い宝玉のようだ。
しばし明宥は見とれ、そして少女の髪が真白いことに気づいた。
座り込んで笛の音に聴き入っている数人の黒い人影も見える。
その中の誰かが少女に、喜びあふれる笛の音を奏でさせているに違いない。
近づいて確かめようと一歩踏み出した時、すぐそばに立つ大男がいた。
刀の柄に手をかけたまま大男は言った。
「何者だ?」
「これは失礼いたしました。
私は沈明宥と申す者。
月の明かりに誘われて庭に出たものの、迷ってしまったようです」
「おお、明宥さんであられましたか。
如賢さんの傷もよくなっていると、永先生から聞き及んでいます。
我が主人は先ほど屋敷に戻ってきたばかりであれば、挨拶はあらためて明朝ということにいたしましょう。
ここより先は私邸となっておればご遠慮願います」
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