131 沈明宥、慶央の山中で賊に襲われる・その3


 

 供のものも二人が斬られて倒れた。

 逃げることを諦めた三人は一か所に集められて、互いに身を寄せてただ震えている。


 若い如賢は祖父の明宥を守ろうとして、後ろから背中を斬られた。

 斬られたうえに襟首をつかまれて後ろに放り投げられる。


「その懐の中に手を突っ込まれたくなかったら、さっさと銭を出せ」


 小汚い髭に顔をうめた男が、明宥の前に立って言った。

 武具も手にした刀も賊の中では一番よい品であるので、この男がかしらなのだろう。


 彼は沈賢の血が滴る刀の先で、沈明の肩先を小突く。

 沈明は腰が抜けたようにその場から立てなかった。


 珍しい薬草を求めるという口実はあるものの、自分の旅好きを、息子たちは「年寄りの冷や水」と言っては何度も止めようとした。

 それでも歳を重ねるほどに、安陽を離れたい思いに駆られる。


 のうのうと安陽で暮らしていては、林家と自分に関わって死んでいったものたちの亡霊に、常に責め立てられる思いがする。

 不甲斐ない自分の死に場所は、安陽から遠く離れた旅の空の下がふさわしい。

 しかし、可愛い孫まで道連れにしてしまうとは……。


「なんだ、これは? 枯れた草ばかりじゃないか」

「ごたいそうに、紙に包んで、木箱に仕舞いこみやがって」


 木箱の中をあらためていた男たちの拍子抜けした声が響いた。

 見れば彼らの足元には壊された木箱の残骸と、破られた紙と薬草が無残に散らばっていた。


 それらの薬草を安陽に持ち帰って調合すれば、黄金と同じ価値があるのだと、彼らに言ったところで理解はできまい。


 目の前の髭にうもれた男の顔が、あての外れた怒りで朱に染まる。


「こうなれば、その懐にたんまりと銭を持っていなければ、その命はないと思え」


 肩に置かれていた刀の切っ先がおりてきて、胸の前で合わせた着物の衿に触れた。


「残念ながら、銭のほうもあてが外れたな。

 その枯れ草を買うのに、使い果たした。

 安陽に帰るためのぎりぎりの旅費しか持っておらぬ」


 沈明は目の前の男を睨みつけて言った。

 年のせいか腰は立たぬが、声に震えはない。

 名門であった林家最後の生き残りの男子として、威厳は保てたか。


 男が刀を振り上げる。


「つべこべと煩い爺だ。

 銭があろうがなかろうが、どうせいただく命だ。

 覚悟するんだな」


 その時、ひゅうと矢の羽根が風を切る。


 目の前に立つ男の刀を振り上げた手が止まった。

 何が起きたのかわからぬという顔をして、男は刀を落とす。

 どさりと明宥の上に倒れ込んできた。

 男の背中には深々と矢が刺さっていた。


 それを合図に、抜刀した五・六人の男たちがなだれ込んできた。


 今度の男たちは皆、よく手入れされて光る刀を持ち、体に合った武具を着込んでいる。それぞれは腰の据わった素早い動きながら、統制がとれているのは、日ごろの鍛錬と修羅場を踏んだ数の賜物であろう。


 彼らより数で勝っていた山賊たちだったが、全員が地べたに転がるのはあっというまだった。


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