130 沈明宥、慶央の山中で賊に襲われる・その2
<健草店>の隠居・沈明宥は七十歳だが、若いころより山深い山草園で足腰を鍛えていたこともあり、なかなかの健脚だ。
馬車もつかえず馬にも乗れない山道を歩き通すことが出来る。
それが彼の「若いものには負けぬ」という口癖に繋がっていた。
そして彼は少々お調子者で減らず口の持ち主の孫・如賢をことのほか可愛がった。また如賢も安陽の店で父や兄とともに薬草の仕分けをしたり算盤を弾いたりするより、祖父との旅を好んだ。
彼は十三・四歳のころから祖父の旅の供をして十年。
いつのまにか彼もよい青年となったが、よほど祖父との旅暮らしが楽しいのか、いまだに所帯を持って落ち着く気はない。
旅の先々で仕入れた珍しい薬草やその種を入れた木箱を背負ったものが三人。
道中の必需品を大きな風呂敷に包んだものを背負ったものが二人。
刀を提げた警護のものがこれも二人。
いかにも金持ち商人の一行だ。
しかし、今まで危険な目に遭遇したことがない。
用心深い性格が幸いしたこともあるが、すべては天の計らいでもあろうと沈明宥は思う。
六十年も昔、自分の身代わりとなって顔をつぶされて死んだ少年。
そして林高章という名前を沈明宥と変えた彼に、林家再興という望みを託したまま死んでいったものたちが、この最近、よく夢に現れるようになった。
薬種問屋の主人としては成功した。
そして誰よりも長生きもした。
しかしこの歳までのうのうと生きている自分の姿を、黄泉の国より見ている彼らはなんと思っているのか。
安陽に贅沢な隠居部屋を設えても、そこで落ち着いて暮らせない自分がいる。
旅の空の下で果てて躯が獣の餌となることを心の奥底で願っていながら、天がそれを許さないでいる。
一行七人は、それぞれに気に入った形の木の根に腰を下ろした。
汗をぬぐい竹筒に入れた水で喉を潤す。
供の一人が風呂敷包みを広げて饅頭を取り出し、皆に配った。
隣り合った者同士で冗談を交わし笑い合う。
その声がまるで木々の茂みに吸い取られるかのような静けさだ。
あれほど騒がしかった鳥の鳴き声もない。
あまりにも静かすぎると彼らは気づくべきだった。
潜んでいた山賊は十人ほど。
護衛に雇っていた男二人を初めに狙って斬りつけてきたので、用意周到に襲われたと知れた。
垢で薄汚れた着物の上に、形もばらばらで大きさもあっていない武具。
そして彼らの振りかざすものが、刃こぼれした刀であったり大ナタであったり錆びた槍であったり。
山賊とは名ばかりの、このあたりで食い扶持にあぶれたものたちの俄か集団であろう。
しかし、そのような見かけと関係なく、旅人を襲い命と金品を奪うということには手慣れているようだ。
安陽でそれなりの評判を聞き金を積んで雇った、護衛の二人の男たちだった。
しかし一人はあまりにも油断しすぎて、木に立てかけていた刀を抜くことなく丸腰のままでなぶり殺された。もう一人は勇敢に立ちむかったものの、背にした茂みから突き出された長槍で突かれて命が果てた。
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