※ 第五章 ※

荘興、荘本家の安陽進出を決める

129 沈明宥、慶央の山中で賊に襲われる・その1



 頭上ではギャーギャーと鳥の鳴き声がけたたましい。


 木々の枝を透かして見れば、青に黄色と羽の色は美しいが、その鳴き声も大きさも小鳥などという風情のあるものではない。

 縄張りに入ってきた突然の侵入者を追い払おうと、枝を揺すって威嚇してくる。


 ここより遠く北にある都・安陽では見たこともない鳥だ。

 そして鬱蒼と生い茂る木々も、これもまた安陽では見たことがない葉の大きさと濃い色合いだ。


「これが慶央の秋か。

 安陽だと、夏としか言いようがない」


 山道で足を止めた沈明宥は、紅葉とは無縁の頭上に覆いかぶさる緑色の枝を見上げ、それから秋とは思えない蒸し暑さに嘆息した。


 安陽を出立したのは、四か月前のこと。

 旅慣れた彼もさすがに疲れを覚え、安陽の家が恋しくなった。

 立ち止まった祖父を心配して、後ろ歩いていた孫の沈如賢が走り寄ってきて言った。


「爺さま、大丈夫か?

 上り坂が続いたんで、足腰に堪えたのか?」


「何を言うか。

 わしはまだまだ若いものには負けん」


 いたわるように腰に回された如賢の手を邪険に振り払って、明宥は答える。

 しかし祖父との旅もこれが初めてではない如賢は、年寄りの扱いは手慣れたものだ。


「結う髪もないつるつる頭のくせして。

 口だけは達者で、ほんと困った爺さまだ。

 ちょうどよい、おい、皆のもの。

 ここで一休みしよう」


 結う髪もないという言葉に、木箱や風呂敷包みを背負った供のものたちが笑う。 


 こだました笑い声に騒がしかった鳥たちの群れも居座ることを諦めたようだ。

 ひときわ甲高く鳴き交わしたあと、ばさばさと打ち鳴らす羽音とともに飛び去った。







 沈明宥は青陵国の都・安陽にある薬種問屋〈健草店〉の隠居だ。


 皇帝の住む宮殿のある安陽の郭壁内に彼の屋敷と店はある。

 高い塀と生い茂る木々に隠れた敷地は広いが、店構えは拍子抜けするほどに小さい。目立つのを怖れるかのような店構えだ。


〈健草店〉という店の名前も適当につけた感もありで、傍目から見るとまったく商売で儲けようという気がないとさえ思える。


 しかし実際の沈家は、安陽より北に入った山奥に自前の薬草園をいくつも持っていた。また実質的に支配していた朝夕に深い霧に包まれるそのあたり一帯の山々には、もろもろの病に効くといわれる秘草が自生していた。


 沈明宥とその息子たちはいくつもの名前を使い分けて、それらの薬草・秘草を青陵国内の薬種店や医院に目立たぬように捌いた。

 そのために、彼の裕福さには底知れぬものがある。


 しかし沈明宥は目立つことをことのほかに嫌った。

 その教えを彼の三人の息子たちは忠実に守ってきている。

 山深い村からやっと出る気になり、都・安陽に店と屋敷を構えたのもたった十年前のこと。


 しかしもうすぐ七十歳になろうとしている明宥は、その屋敷で楽隠居することを嫌い、薬草を仕入れるという口実で青陵国内を旅していた。



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