125 白麗、その意味を知らぬ<恋>に泣く・その6



 英卓自身は記憶はないが、六鹿山で怪我を負った時に蘇悦に井戸の中に放り込まれたとか。


 その時の恐怖を体が覚えていて、夢の中で再現されているのか。

 俺は助かったはずだと思い、手足を動かそうとして呻いた。

 そして自分の呻き声で目が覚めた。


 それでも胸の上が重い。


 寝たままで首をもたげて見下ろすと、彼の胸は着物の前がはだけられて露わになっていた。

 その上に、赤い髪飾りが可愛らしい白い頭が載っている。

 その白い頭が誰のものか、英卓は知っていた。 

 

「おい、ワンコ。何をしているんだ?」


 英卓の声に、彼の裸の胸から少女が顔をあげた。

 英卓の目と金茶色のガラス玉のような少女の目が合う。


……懐かしい目の色だ。

 しかしいったい、おれはどこでこの目をみたのか? 

 考えても、思い出せない……


 父の女だと知っていてそして萬姜に蛇蝎のごとく嫌われながらも、この少女の部屋に行ってあれこれとちょっかいを出してしまうのは、それを知りたいためだ。

 しかしながらそれを説明したところで、いまさらあの雌鶏が納得するとは思えないが。


……おっと、この状況では、そんなことを考えている場合ではないな……

 

 それで彼はもう一度言った。


「おい、ワンコ。何をしているんだ?」







 英卓が目覚めたと知って、少女は金茶色の目を輝かせて嬉しそうに笑った。

 そして、男の裸の胸をゆっくりと這い上ってきた。

 やがて、少女の美しい顔は彼の顔の真上で止まる。


 白く細い指が額にかかった前髪に触れ、顔を優しく撫でる。


 「エ・イ・タ・ク」

 たどたどしく名を囁かれて、甘く香しい息が顔にかかった。


 自分の名前を呼ぶ女を腹の上に乗せたことは何度もある。

 このように明るい日中というのは初めてではあるが。

 すべて淫らで楽しい思い出だ。


……おれがここを立つという日を前にして、ついに本性を現したな。

 同じ荘家のものでも、父上より若いおれに乗り換えたほうが得策と、その小さな頭で考えたか。

 どのような手練手管を使って、父上を惑わしたのか。

 こうなれば、しかと見届けせてもらおう……


 少女は男の顔がよほど気に入ったのか、それとも気になるのか。

 穴が空くかと思われるほどに見つめられた。

 そのうちに唇を重ねてくるかと待っていたが、その気配はない。


 顔を眺めるのも飽きたようで、再び、白い頭は胸へと下がっていく。

 そして再び、そこで動きを止めた。


 少女の湿り気を帯びた滑らかで柔らかな頬が、裸の胸に密着していた。

 短い髪の毛の先が触れて、くすぐったくもあり気持ちよい。


……おいおい、どうした?

 そこで、なぜ、止まる?

 なぜ、何もしない?


 もしかして、おれからの誘いを待っているのか?

 子犬かと思ったが、その正体は女狐というわけか。


 もうすぐ、堂鉄と徐平が来る。

 言い逃れの出来ない状況を作ってやろうではないか……


 英卓はその右手を少女の頭へと伸ばした。

 







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