124 白麗、その意味を知らぬ<恋>に泣く・その5
不作法者の英卓をどうこうしようというのは諦めた。
彼の口の悪さには、さすがの萬姜も対抗のしようがない。
あの日から彼女は「おい、そこの雌鶏」と呼ばれ、狭い廊下ですれ違う時は、「堂鉄、徐平。萬姜に跳ね飛ばされないように気をつけろよ」と、聞こえよがしの大声で言われる。
顔も見たくないほどに腹立たしい。
しかししかし、あと何日かの辛抱だと、自分に言い聞かせる。
だが、喜びもある。
お嬢さまの回復が目覚ましい。
昼間の白麗は、部屋の奥の寝台から中庭を眺められる寝椅子へとその体を移した。
その間は、寝衣から色柄ある着物に着替える。
昨年の秋に散切りにした白い髪はいまだ短いままであるが、きちんと整えて髪飾りもつける。
荘興さまが見舞いに来られて、お元気になったお嬢さまの姿を見られたらどんなに喜ばれるかと思うと、萬姜は自分のことのように嬉しい。
医師・永但州が言った二十日間が過ぎて、明日の朝、永但州・英卓・堂鉄・徐平の四人は慶央に帰ることとなった。
自分より出来のいい息子が医院を守ってくれてはいるが、但州も留守宅のことや診なければならない病人のことが気にかかる。
一か月に渡る長い逗留であったから、荷物のまとめも大変だ。
夜にはささやかな別れの宴も開く。
この日は朝から、ここを後にするものと見送るもの皆、忙しく動き回っていた。
何もしなくてもよいのは白麗と英卓の二人だけだ。
幼い嬉児ですら、母の萬姜に命じられた手習いをしながら、寝椅子に横たわる白麗を見張る仕事を与えられていた。
しかし、季節はすでに初夏に近い。
開け放した部屋の中まで、爽やかでここちよい風が吹き渡る。
難しい手習いと退屈な白麗の見張りに、嬉児が眠気に誘われてもしかたのないことではあった。
机の上に突っ伏して寝てしまった嬉児を見て、白麗は静かに立ち上がった。
今では支えてもらうか壁伝いであれば、一人で歩ける。
ふらつきながらも自分が横たわっていた寝椅子から掛布を引きずり降ろす。
嬉児を起こさぬようにと気をつけながら、深く寝入っているその小さな体にかけてやった。
長い闘病でなまった体を鍛え直さなくては。
そして、得物を刀から短槍に換えるつもりだ。
それで最近では、堂鉄と徐平を相手に、英卓は鍛錬もするようになった。
体を酷使したあと、昼食で腹を膨らませ、寝台の上に横たわればおのずと眠気は襲ってくる。
……まあよい。皆が忙しそうにしているところに顔を出しても、邪険にされるだけだ。それに、慶央に帰り父上の下に仕えるようになれば、のんびりと午睡を楽しむこともできなくなるだろう……
荘本家の生業は、時には命をかける厳しい男の仕事だ。
実の息子であっても見どころがないと思えば、あの父は自分を容赦なく見放すだろう。そして荘本家の皆が皆、自分の帰還を歓迎するものばかりではない。
吹き渡る爽やかな初夏の風。
鍛錬で得た心地よい疲労感。
そして慶央で始まる新しい人生への期待。
気持ちのよい状態で始まった午睡だった。
しかし心の奥底の不安が、彼を悪夢へと引き込んだらしい。
何かが自分の体を押さえつけている。
胸のあたりが重く、体の自由がきかない。
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