123 白麗、その意味を知らぬ<恋>に泣く・その4




 白麗の昼食の盆をさげるために萬姜が廊下を歩いていた時、向こうから英卓と堂鉄と徐平の三人がやってきた。

 彼らも昼食を終えたばかりのようだ。

 萬姜に気づくことなく、楽しそうに談笑している。

 

 英卓は美丈夫で、大男の堂鉄は男らしく、徐平の若さは輝かんばかりだ。


 三人をまじかに見ると、萬姜といえども目のやり場に困る。

 いや、何を年甲斐もなくどぎまぎしているのだ。

 いまこそあのことを言うよい機会ではないか。

 意を決した萬姜は英卓の前に立った。


「英卓さま、お話がございます」


「おう、萬姜、そこにいたのか?

 話とはなんだ?」


 上背あるこの三人が揃って立つと人で築いた壁だ。

 見上げるだけで首が疲れる。

 英卓の後ろに控えていた堂鉄と徐平を、萬姜は睨みつけた。


「それは……。

 申し上げる前に、お人払いをお願いしたく存じます」


 気さくな笑みを浮かべていた男の目がすっと細められる。

 男の表情に影が差した。


「それは出来ない相談だな、萬姜。

 堂鉄と徐平はおれの命の恩人だ。

 そして今は、おれの無くなった左腕の代わりを務めてくれている。 

 いわば体の一部だ。

 彼らに聞かれて困るようなようなことは、いっさい聞く気はない」


 その言葉に、後ろに控えていた堂鉄と徐平の体が一回り大きくなった。

 彼らの体から発せられた気に、萬姜はたじろいだ。

 盆の上の美しい器が、彼女の体の震えに合わせてカタカタと音を立てた。


 真っ白になった頭の中から、それでもとやっとの思いで言葉を引っ張り出す。

 

「お嬢さまを……。

 お嬢さまを、犬呼ばわりするのはやめてください」


 影が差していた顔が快活な若い男のそれにと戻る。


「なんだ、そんなことか。

 ワンコをワンコと呼んで何の差支えがある?」


「なんということを。

 仮にも、お嬢さまはあなた様の……」


 命を助けたお人ではありませんか……と言おうとして、萬姜は慌てて口を閉じた。


 白麗の英卓に施した治療については、但州からかたく口止めされている。

 但州は言った。


――お嬢さんの治療で、重病人の命が助かるという噂が広まれば、助かりたいと思うものたちが、何を企み始めるか。

 人とはそういう生き物なのだ――


 英卓が冷たく言い放った。


「言えないのであれば、用事は終わったということだな」

 

 言うべきことを言えない悔しさに、萬姜の目に涙が滲んできた。

 こんな若造に、たじたじとさせられたうえに涙までみられるとは。


「私は忙しいのです。

 英卓さま相手に、油を売っている暇などございません。

 そこに立たれては邪魔でございます」


 萬姜は抱え持った盆の端で、男の体を邪険に押しのけた。

 

 肩を怒らせて去っていく女の後ろ姿を唖然として見送った英卓は呟いた。


「なんだ、あれは? 

 急に泣き出したと思ったら、勝手に怒って行ってしまったぞ。

 月の障りの病か?」


 日に二度、白麗を抱いて薬湯に入り、もの言えぬことをよいことに、父の女である少女をさんざんにいたぶる。

 そしてそのあと、萬姜に睨まれながらも、ああだこうだと揶揄からかいながら煎じ薬を飲ませてやる。


 暇を持て余していた英卓には、楽しい時間つぶしだった。











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