122 白麗、その意味を知らぬ<恋>に泣く・その3
関景と允陶が伴ってきたもう一人の男の徐高は、徐平の兄であり、また慶央一と評判の千松園の調理人でもある。
厨房で一緒に立つたすき掛け姿も初々しい梨佳に、彼は言った。
「白麗さまのご病状については、荘興さまより伺っております。
もとはお元気なお方と聞きますれば、いまは胃の腑が弱って食事を受けつけないのではないかと。
まずは白麗さまに食べる楽しさを思い出していただきましょう」
また、彼はこうも言った。
「私には千松園がありますので、長居はできません。
ここに滞在中に、梨佳さんにいくつかの作り方をお教えいたします。
あっ、ご心配にはおよびません。
またよい食材を仕入れて、関景さまとともに戻ってまいりますゆえに」
そして慶央に帰る日に、徐高は梨佳に別れの挨拶とともに言った。
「梨佳さんは、とてもよい料理の腕をお持ちです。
遠くない将来にきっと、その料理の腕で意中の男の人を虜になさることでしょう。
ええ、私には見えるようにわかります」
美しい朱塗りの盆の上に並べられた小さな愛らしい器と碗。
横にそえられた銀の箸と銀の匙。
そしてそれらの小さな器や碗に盛られた料理は、どれも一匙か二匙で食べ終える量だ。
すべての食材は
そのあとていねいに擦り下ろすか裏ごしされて、薄く甘く味付けされる。
口の中で広がるなんともいえぬ優しい味であり、飲み込むという意識もなく自然と喉の奥へと収まる食感だ。
徐高が作り梨佳も手伝った食事が出されるようになって、食の細かった白麗が食べるようになった。
次はどの器のものを食べようかと、少女が目を楽しませている間に、萬姜は銀の匙を洗い丁寧に拭う。
食べものの味が混ざらぬための配慮として、これも徐高に教わった。
そしていつもなら「お嬢さま、せめて一口でもお召し上がりを」と、ついつい口煩く言ってしまう萬姜だが、これも徐高の忠告に従い、ただひたすら白麗の食べようとする意志に任せる。
白麗の泳いでいた目が、薄桃色の花びらの形をした器に盛られた魚のすり身の蒸し物の上で止まった。
白身の魚に、香草で作られた薄緑色のタレがかけられている。
爽やかな香りが食をそそり、食べるのも惜しいと思わせるほどに美しい。
「お嬢さま、美味しそうでございますね。
次は、これを召しあがられますか?」
萬姜の言葉に少女は頷く。
……ここに来た時はどうなるかと肝の冷える思いがしたけれど。
最近のお嬢さまはお元気になられつつある。
いや、お元気になりたいという意思をお持ちになられたような……
それは見た目にも美しく味もよい徐高の料理のせいか。
それとも日に二度浸かる永先生の秘伝の薬湯のせいか。
それとも英卓さまが無理やりに飲ませる煎じ薬のせいか。
いや煎じ薬はちょっと違うと、萬姜は頭を横にぶんと振った。
……確かに煎じ薬が効いているかも知れないけれど。
お嬢さまにたいしてワンコという英卓さまはやはり許せない。
お嬢さまがこのような病を得たのも、もとはといえば、英卓さまの治療のため。
命の恩人であるお嬢さまをこともあろうか、犬呼ばわりされるとは。
一度、がつんと言わせてもらわねば……
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