127 白麗、その意味を知らぬ<恋>に泣く・その8
彩楽堂から届けられた着物が、白麗の寝台の横の衣桁に美しく広げられている。
深みのある薄青色の地に流水の織り柄が浮かんでいる。
所々に散らされた金糸銀糸の小さな丸い模様は、涼し気に飛び散る水泡かそれとも水辺をはかなく舞う蛍か。これからの季節にふさわしい色と柄だ。
白麗が身にまとえば、その髪と肌の白さが引き立つことだろう。
美しい着物を目につくところに飾っておくことで、寝台にたわっている時間が長い若い女主人の気持ちが少しでも引き立てばと萬姜は思う。
そしてまた、次に荘興さまがお見舞いに来られた時に、この着物を纏ったお嬢さまのお元気になられたお姿をお見せしたいというひそかな願望もある。
今朝、その美しい着物を自ら衣桁から外すことで、白麗は着たいという意思を表した。
日頃は、着飾ることに感心の薄い少女だった。
着るものは動きやすければいいと思っている。
時に、もったいなくも長すぎる袖や裾に鋏を入れることもある。
白麗が着飾るだけのために、その日に着る着物を選ぶのは珍しい。
この着物を着たお嬢さまのお姿は一番に荘興さまにお見せするのだという願いは叶わぬこととなったが、お嬢さまがお元気になられている兆しだと萬姜はその気持ちを切り替えた。
「お嬢さま、お着物は決まりましたが、髪飾りはどれにいたしましょう?」
いくつもの髪飾りが並べられた大きい平たい箱を、少女の前に置いて彼女は訊いた。髪飾りも、少女は小さなものを好んだ。
「お着物が暗い色ですので、髪飾りは大ぶりで華やかなものがよいと思われますが……」
ダメもとでもしかたがないと思いながら、箱の中で一番大きく華やかな髪飾りを指し示す。
頷いた少女が嬉しそうに笑う。
……今朝のお嬢さまのご機嫌のよいこと!
ああ、そうだったわ。
今朝は英卓さまが慶央に帰られる日。
それで挨拶に見えられるとは永先生から聞いてはいたけれど。
あの意地悪な男の顔を当分見なくてよいと知って、お嬢さまも喜んでおられるに違いない。
私だって、嬉しくてついつい笑ってしまいそうだもの……
今朝の白麗は機嫌もよいが、その顔の血色もよい。
白磁のように白い顔の頬に、うっすらと赤みさえ差している。
萬姜の声も喜びに弾んでくる。
「お嬢さま、化粧も思いっきり
しばしの別れを告げるために、白麗の部屋を訪れた但州・英卓・堂鉄・徐平の四人だった。
少女はちょうど身支度を追えたばかりだったようで、丸く小さい手鏡を手にしたまま寝椅子の上に身を起こしていた。
少女の可愛らしさ美しさを見慣れていた但州ですら、今朝の少女の姿は男の眼福だと思った。ふと荘興を羨ましく思い、その考えを追い払う。
振り返らなくとも、彼の後ろに立つ堂鉄と徐平が息を飲んだ気配がした。
……それにしても、昨日の出来事のあとに、よくもまあ、お嬢さんは英卓の別れの挨拶を受けようという気になったものだ……
案の定、英卓と目があった途端に少女はぷいと横を向いた。
少女の怒りがまだ解けていないのは当然であろう。
手鏡を弄んでいる指先がかすかにふるえている。
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