148 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その9



 荘本家から漂ってくる不穏な雰囲気にいちはやく気づいたのは、馬の黒輝だった。

 今まで軽やかだった足並みが乱れる。

 門を守っていた一人が駆け寄ってきて黒輝のくつわをとりなだめると、康記を見上げて言った。


「本宅より、園剋どのが来られています」


 叔父がなぜ来ているのか、訊かなくても彼にはわかった。

 彼が白麗の心を捉えているのかその目で確かめに来たのだ。

 本宅にいてあれこれと気をもみながら考えていても埒が明かないと思ったのだろう。


 そして馬を進めるとそこには園剋だけでなく、白麗の羽織物を持って心配顔に待っている萬姜は当然として、英卓と堂鉄と徐平までもがいた。







 いつも数歩下がって控えその気配を消している堂鉄と徐平が、殺気を隠すことなく英卓の前に壁となって立っていた。

 

 母の李香に甘やかされて育った康記でも少々の武芸の心得はある。

 彼らが英卓を守るために一分の隙を見せることなく立っているということくらいは、馬の上からでも見抜けた。


 堂鉄と徐平が間合いを保ちつつ見つめている先に立っているのは、園剋だ。

 堂鉄と徐平にこれほどまでに緊張を強いるとは。

 それほどのことが叔父と英卓の間にはあったのか。

 何も聞かされていない康記には思いもつかない。


「これはこれは、いつ見ても、白麗さまは天女のごとく愛らしい。

 康記との遠出は楽しまれましたかな?」


 馬から降りる白麗に手を貸そうと園剋が近づいてきた。

 顔面に甥と美しい少女を出迎えるための笑みを貼りつけている。

 近づいてくる園剋を、彼女は金茶色の美しい目で馬上からひたと見つめていた。


 園剋の両手が差し出される。

 白麗は自分の腰にまわされていた康記の手を振りほどくと体を傾けた。


「叔父上、失礼する」


 真後ろで声がすると同時に、肩先を突かれて園剋はよろめいた。

 堂鉄と徐平の陰に隠れているとばかり思っていた英卓の若く大きな背中が、彼と白麗の間に立ちはだかった。


「エ・イ・タ・ク!」


 白麗が黒輝の高い背から身をひるがえして跳ぶ。

 英卓は彼女の期待に応えた。

 両手を首にまわしてぶら下がった少女を、彼は右手一本で抱きかかえた。


 喜ぶ白麗を乱暴に振り回してもっと喜ばせた英卓は彼女を降ろし、黒輝の首を優しく叩くと言った。


「黒輝、おまえは惚れ惚れするよい馬だなあ」


 黒輝は、人がその体に馴れ馴れしく触れるのを嫌う。

 しかしその賛辞は素直に受け取った。

 誇らしくその黒い首筋を伸ばす。


 英卓はもう一度その首を叩いてやり、白麗に向かって言葉を続ける。


「麗、〈ウマ〉に遊んでもらったのか?」


 そう言ってにやりと笑った英卓には、康記に陰湿にいじめられて屋敷から逃げ出した五年前の異母兄の面影はない。


「麗、行くぞ」


 英卓の言葉に、茫然と成り行きを見守っていた萬姜が我に返る。

「お嬢さま、お風邪を召します。羽織物を……」


 そう叫ぶと、彼女は二人の後を追った。

 堂鉄と徐平も続く。

 あとに、康記と園剋の二人が残された。




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