118 蘇悦、英卓と再会する・その1


 六鹿山の銅鉱で、堂鉄に担がれて去っていく瀕死の英卓を見送ったあと、蘇悦は自身が負った傷の治療に専念した。

 そして傷が癒えると、傭兵の職を辞し山を下りた。


 慶央にたどりついた彼は、その足ですぐに荘本家へと向かった。

 英卓を放り込んだ枯れ井戸まで堂鉄たちを案内する時に約束した、残り半金の砂金を受け取らねばならない。


 しかし、砂金よりも英卓のその後が気になる。 

 考えたくはないが、すでに彼の葬儀は終わっていることだろう。

 線香の一本でも手向けてやりたい。







「よくぞ参られた。宗主が待ちかねておられる」


 門番に名を告げただけで、屋敷内へと案内された。

 六鹿山で堂鉄より聞かされた、「慶央の荘本家を訪ねてくれば、すべて話は通じるようにしておく」との言葉に嘘はなかった。


 屋敷内は明るく活気にあふれている。

 この最近、葬式を出した雰囲気ではない。

 しかしながら、門番にも案内をするものにも、英卓の病状についてはとても彼からは訊くことは出来なかった。


 あの日から二十日が過ぎている。

 いまだに生死の境をさまよっているのか。








 すでに英卓は湯治場に出立したあとだった。

 湯治場より戻ってきたばかりという英卓の父・荘興と、留守番役を引き受けていた関景の直々の挨拶を受けた。


 老いてはいるがその顔つきにただならぬものを感じさせる関景は、かしこまった蘇悦を見て破顔一笑すると言った。


「蘇悦さん。

 おまえのことは堂鉄とそして英卓からも聞いている。

 そのうちに屋敷に来るであろうから、その時は丁重にもてなし、約束の半金を渡して、礼を述べよとな。

 おまえのおかげで英卓の命は助かったも同然」


「なんと、あのひどい怪我で、英卓は助かったのか!」


 ひと膝乗り出して、蘇悦は思わず叫んだ。

 前に置かれた盆に膝が当たる。

 盆に盛られた砂金の山の一角が崩れた。


「すまない。

 驚いて、無様なところをお見せした……」


 非礼を詫びてはみたものの、関景の言葉にやはり自分の耳を疑った。

「しかし、しかし……」


 あの怪我と火傷ではと言おうとして、蘇悦は言いよどむ。


「そうだ、残念ながら英卓は左腕を失った。

 だが、このことはそれほど案ずることではない。

 荘本家には彼の左腕の代わりを務めるものはいくらでもいる」


 目覚めて自分に左腕がないと知った時の英卓の言葉を、関景はそのままに言った。


 この時の英卓の豪胆なものの言いようを、関景は気に入っている。

 英卓の病状を訊かれた時は、ことあるごとに吹聴していた。


「いやいや。

 英卓が助かったのは、蘇悦さんの機転があってこそ。

 蘇悦さんには、感謝の言葉もない」


 もう一人の男、英卓の父・荘興が関景の言葉を引き継いで言った。


……この男が泣く子も黙ると怖れられている荘本家の宗主なのか。

 そう思って見れば、どことなく眼差しが英卓に似ている。

 しかしいまは、息子の回復を喜ぶ父親の顔だ……


「今は、療養を兼ねて、荘家の湯治場に行かせているのだが。

 わしも付き添っては行ったものの、あまりの回復力に早々に戻って来た。

 『もう怪我など治った。慶央に戻る』と言って、毎日、医師を困らせている」


「あれほどの怪我を負ってか?

 ここは、素直に喜ぶべきところだが、いまだ信じられぬ思いがする」





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