119 蘇悦、荘英と再会する・その2



 荘興が言った。

「さあ、約束の残り半金の金を受け取られるがよい」


 そこで蘇悦は改めて、目の前の盆に載せられている砂金を見た。

 半金との約束だったが、それは先に堂鉄よりもらったものより多い。

 しかしながら、考えるよりも先に口が動いた。


「いや、六鹿山でもらった金だけで、俺には十分だ。

 人は身の程を知らねばということだ。

 これ以上の欲をかくと碌なことはない」


『蘇悦という男は、見かけは強面こわもてでその口の利き方も乱暴。

 しかし英卓を実の弟のように思っていると言った言葉に偽りはなく、なかなかに男気があると思われます』


 堂鉄はそのように言い残していた。

 いま、英卓の無事を喜ぶ思いとその怪我を心配する思いが混じった男の顔を見ていると、堂鉄の言葉通りであろうと荘興は思う。


 驚いた関景が言った。


「なんと、いらぬと言うのか。

 ……、……。

 まあ、そう決めたと言うのであれば、それもよかろう。

 それで、おまえはこれからどうするつもりだ?」


「そうだな。

 都の安陽に行って、しばらく豪勢に遊んで暮らそうかと思っている。

 それで金が尽きれば、仕事をみつけるつもりだ。

 そのような暮らしが、俺の性にはあっている」


「そうか、そこまで腹を括っているのか。

 そうだ、安陽に行く前に、荘家の湯治場でのんびりするというのはどうだ?

 英卓も会いたがっているに違いない」








 湯治場で再会した英卓を見て、蘇悦は驚いた。

 それは、左腕を失った哀れな姿にでもなく、顔の火傷の痕を隠すために短く切った前髪にでもなかった。


 六鹿山ではいつも浅黒く日焼けしていた肌が、いまは色白に戻っている。

 薬が効いているのか食べるものがいいのか、色艶もよい。

 しかしそれだけのことで、人はこのように変わるものなのか。


 彼の知っていた英卓は口数が少なく、心の内にやりきれないものを抱えて暗い目をしていた。

 ねぐらを失くした痩せ犬に似ていた。

 だからこの一年を、憐れんで弟のように気にかけていたのだ。


 いま、再会を喜んで明るく笑い、自分の怪我の状態を屈託なく喋るその姿は、蘇悦の知っていた英卓とはまるで別人だ。


 快活で、そのうえにまだ二十歳の若造だというのに、人の上に立つものが持つ威厳さえ感じる。

 五年ぶりに父親の元に戻って吹っ切れたのか。

 それとも、本来いるべき場所に収まると人はこのように変わるのか。







 蘇悦は三日ほど滞在して、湯治場から安陽へと旅立った。


 彼は頑として半金の砂金は受け取らなかったが、馬は受け取った。

 その馬に乗って安陽へと旅立つ蘇悦を、英卓と関景と允陶の三人は見送った。


「関景さま。

 荘本家にとっては惜しい男を行かせてしまったと思っておられるのではないのですか?」


 允陶が関景に訊く。

 蘇悦の後ろ姿が木々の陰に消えたあと、関景が答えた。


「そうではあるが、英卓を弟と思っていた男だ。

 いますぐに立場を替えて仕える気にはなれないだろう。

 しかし、縁を切るつもりもないようだ。

 そのために彼は約束の半金を受け取らなかったのだからな。

 いずれまた、出会う時が来る」


 その言葉を英卓は黙って聞いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る