117 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その9
……世の中の皆が皆、おまえの美しさにかしずくものだけではないことを、この英卓さまが教えてやろう。
これからの二十日間、覚悟せよ……
「行くぞ、ワンコ」
肩に担がれたことで、英卓の背中で白麗の頭はさかさまになった。
ひっくり返った景色に目が回った。
湯にのぼせた頭に血が下がる。
突然、湯殿に大きな音が響き渡る。
荘英が自由になった右手で、担いでいる彼女の尻を叩いたからだ。
少女が悲鳴を上げる。
驚いた但州が叫ぶ。
「英卓、お嬢さんになんということを!」
「お嬢さま、どうされました!」
少女の悲鳴を聞いて、隣の部屋から萬姜も飛び込んできた。
そして彼女は、英卓に逆さに担がれ尻を叩かれて足をばたつかせている女主人を見た。
「英卓さま、お嬢さまになにをなされたのです!」
「萬姜、すまん、すまん。
見ての通り、おれは片腕がないのでな。
湯から出る時に、ワンコを担ぐしかなかったのだ。
暴れると落ちるぞと諫めるつもりで、ワンコの尻を軽く叩いたつもりだったのだが、つい、力が入ってしまったようだ」
「ワンコ?
英卓さま、お嬢さまをワンコとは……、ワンコとは……!」
あとは震えるほどの怒りで言葉にならなかった。
この時より、人気役者にも勝ると思えた萬姜の英卓に対する好感度は、地に落ち泥にまみれたも同然となった。
荘興が慶央に帰って数日後のこと。
関景と允陶の二人が揃って湯治場にやってきた。
「お嬢ちゃんは人の顔をしばらく見ぬと忘れてしまうと聞いてな。
それは大変だと思って来たのだ」
関景は喜色満面でそう言った。
その言葉に、寝台に身を起こした白麗はにっこりと笑った。
少女に自分の顔を覚えてもらっていたと知って、関景は喜んだ。
湯治場にやってきた関景はことのほかに機嫌がよい。
英卓は彼の想像をはるかに超えて回復している。
堂鉄と徐平も英卓の左腕となることを自覚し、三人の信頼関係は良好の様子。
これからの数日を湯に浸かってのんびりと過ごす。
そして、山の珍味をたらふく食べる計画だ。
彼の機嫌が悪いわけはない。
だが、彼は振り返ると渋い顔をして言った。
「なぜ允陶までがついてきたのか、わしにはわからんが。
ここまで来て、おまえの陰気な顔を見なくてはならんとは」
関景に皮肉たっぷりに言われても、允陶は顔色一つ変えない。
「私は、英卓さまと白麗さまが長い湯治療養で不自由されていないか、宗主に頼まれて、様子を見に来ただけのこと。
必要なものを書き留めたら、すぐに慶央に戻る。
そうだった、萬姜。
古物商の汪峻からは白麗さまに菓子を、彩楽堂の主人からはおまえに反物と糸を
菓子と聞いて白麗の顔が喜びにほころんだ。
そして、反物と糸と聞いて萬姜の顔が嬉しさに輝く。
そしてまた関景と允陶は二人の男を伴っていた。
一人は、銅山で井戸に放り込むことによって荘英の命を助けた蘇悦。
そしてもう一人は、徐平の兄であり千松園の腕のよい調理人の徐高だ。
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