116 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その8



「それで、この人の体の具合はどうなのだ?」


「このお嬢さんは、もとの体に戻るのに、おまえより長くかかる。

 慶央の夏は蒸し暑く、屋敷も騒がしい。

 荘興とも相談したのだが、秋になるまで、ここで養生させるのがよいだろうということになった」


「それほどに、弱っているのか……」


「見かけによらぬ、なかなかに我ままなお嬢さんでな。

 薬湯に浸かるのは嫌がらぬが、おまえと同じで、わしの秘伝の煎じ薬が大嫌いらしい。そのうえに食事の好き嫌いも激しくて、嫌いなものはどう勧めても頑固に口を開こうとしないのだ。


 お嬢さんの病には、何よりも滋養をとることが大切なのだが。

 わしも萬姜も手を焼いている」


 但州の言葉に英卓は再びかすかに笑った。


「永先生、それは俺に任せてもらおう。

 命を助けてもらったのだ。

 少しは恩返しというものをしなくてはな。

 閉じた女の口を開かせるのには、ちょっとしたコツがあるのだ」


 その言葉の意味が理解できない但州は、しばらく英卓の横顔を眺めていた。

 悪さを企んでいる美形の若い男の、なんともいえぬ楽しそうな横顔だ。

 無残な火傷の痕がなければ、男でも見惚れるだろう。


「おっと、おまえと話している間に、お嬢さんの頬がかなり赤くなってきた。

 そろそろ、湯から出してやらねば」


「永先生、了解だ」


 そう答えると、英卓は裸の胸と腕の中に少女を抱え直した。

 そして自由になった右手の親指と人差し指を湯の中で丸める。


 白麗の顔をめがけてぱっと湯をはじく。


 顔にもろに湯をかけられた白麗が驚いて目を覚ました。

 金茶色の目が大きく見開かれる。

 

 何事が起ったのか理解できないでいるその目に向かって、英卓は魅力的な笑顔を見せた。そして、意味ありげに片眼をつむって見せた。


 突然に、顔に湯をかけられた。

 驚いて目を覚ませば、誘いかける仕草で笑っている男の顔がある。

 混乱して思考が停止した少女は、男を見上げて瞬きすら忘れた。


……なんだ、この子犬のような丸い目は?

 揶揄からかわれるのには、慣れていないのか。

 今まで、ちやほやされることしか知らずに過ごしてきたのだろう。

 そうだ、おまえにふさわしい新しい名前をつけてやろう……


「おい、ワンコ。

 湯の中に落ちたくなければ、俺の首に手をまわせ」


 目の前の男が何を言ったかは、とっさには理解できない。

 しかしもたもたしていると、湯の中に沈むに違いないことは理解出来た。

 少女は混乱したまま英卓にしがみつく。


 右手だけ少女を抱き上げて英卓は立ち上がった。

 そして立ち上がった彼は、軽々とその体を右肩に担ぐ。


 まとわりついていた茶色い湯が、英卓の体から流れ落ちていく。

 若い男の滑らかな肌は湯をはじくのだ。


 褌一つを身に纏っただけのたるみのない肌の下で盛り上がった筋肉、細身だが肩幅のある均整のとれた長身の体。


 男の但州ですらその若い体を羨ましく思った。

 これではまた、萬姜と萬梨が黄色い悲鳴をあげることだろう。


 





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