114 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その6



 この白麗という名の少女は父の女だと、英卓は思った。

 そのうちに母上と呼ぶようになる日が来るのだろうが、その年齢から考えていまは妹のようなものか。ということは、この少女は自分にとっては身内も同然。


 そしてまたこの人は自分の命の恩人であるらしい。

 父に代わってその治療の手伝いをしたところで、なんの不都合がある?


「そうと決まったら、おれがこの人を薬湯にいれてやろう。

 おい、堂鉄。脱ぐぞ、手伝ってくれ」


 英卓は外にいる堂鉄に声をかけ、右手で帯をほどき始める。

 萬姜が叫んだ。


「英卓さま、ここで、そのようなことを!」


 その声に手を止めた彼は、あらためてこの場にいる四人の女たちの顔を見回した。


……ここで俺が裸になって、いったい何が心配だというのだ?


 萬姜よ、すでにおまえは俺に言わせると女ではない。

 梨佳は若くてまあまあの顔立ちはしているが、口煩い萬姜の娘だ。

 向こうにその気があると言われても、こちらから願い下げだな。


 梨佳の後ろに隠れている嬉児。

 あれも女ではない、ガキだ。


 それからこの髪の真白い少女は、確かに美しくはあるが。

 おれは父とは違って……


 英卓はそこまで考えて、頭の中に浮かんだことをそのまま口に出して言った。


「こんなに痩せた……、

 胸がない女は、俺に言わせれば女ではない」


 萬姜が顔を真っ赤にして言葉を失い、萬梨は慌ててその手で萬嬉の目と耳をふさぐ。


 幸いなことに、少女はなんと言われたのか理解できずにいた。

 そして、但州は英卓の無頓着な押しの強さに負けた。







 英卓の片腕に抱かれて、少女は茶色く濁った薬湯にその体を浸していた。

 彼女は荘英の腕の中で彼を見上げ、その金茶色の目で彼の目を見つめている。


 彼は白麗に二度会っている。

 初めは、慶央で目覚めた時。

 あの時は目の前で倒れて驚いた。


 その数日後に歩けるようになったので、命を助けてもらった礼に行った。

 しかしながら、寝台に伏せったままの少女に、自分の言葉が聞こえていたのかどうかも怪しい。


 間近でその顔を見下ろすのは、今日が初めてだ。


「天女のように美しい」と、皆が口を揃えて誉めそやすのは聞いてはいた。

 こうしてまじまじとその顔を見ると、確かに美しいには美しい。


……この俺も、役者にしたいようないい男だと言われていた。

 まあ、それも傷を負うまでではあるが……


 自嘲を込めて笑った彼を、少女はただ見つめている。


 向こう側が透けて見えそうな不思議な目の色だ。

 そしてその目の色がなぜか懐かしい。


 初めは同じ西国から来たということで、別れた母に似ているのかと思った。

 しかし、幼い時に別れてその面影すら覚えていないのだから、母に似ているも似ていないもないだろう。


 では、何が懐かしいのか。

 その目の金茶色の色に答えがないのがもどかしい。


 少女はまだ大きく目を見開いて、彼を見つめたままだ。

 言葉が不自由だと聞いていたので、何か言いたいことがあるのか考えてはたと気がついた。


……そうか、湯に入る時、「暴れると、落とすぞ」と脅したことが気になっているのか。皆に腫れものに触るように気をつかわれて、乱暴な扱いになれていないのだ、このガキは……


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