113 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その5



 早朝に慶央へ戻る父を見送ったあと、英卓は湯殿に向かった。

 但州の処方した薬湯くすりゆに浸かるためだ。


 英卓の顔をみるたびに但州は煩く言う。


「わしの処方した血の巡りのよくなる秘伝の薬湯だ。

 一日に二度浸かると、傷の治りがはやい」


 永但州の秘伝の傷薬と秘伝の煎じ薬と秘伝の薬湯……。


 だが、傷薬の滲みようは半端でなく、煎じ薬の苦さも例えようがない。

 そのうえに、あんな臭い湯に一日に二度も浸かったら、体は茶色に染まり臭いが染みつきそうだ。


 薬湯に浸かるので、川原まで山道を下りて清流を堰き止めて作った露天風呂に入ったほうがよっぽどましだ。

 そこに、堂鉄や徐平、怪我の治療に来ている荘本家の他の男たちと賑やかに入るのは楽しい。

 春爛漫の山里の景色を眺めたほうが、傷には利く気がする。

 

 堂鉄が影のように後ろをついてくる。

 この男に左腕の役目を担ってもらうことにも慣れてきた。

 もう一つの左腕である徐平は、昨夜の荘興送別の宴の酒に酔いつぶれてまだ寝ている。若い彼はまだ酒の飲み方に慣れていない。


「あの薬湯の臭いは嫌いだが、時々は、永先生の顔も立てなければな。

 おっ、噂をすれば影だ、あれは永先生の声ではないか。

 先客がいるのか」


 英卓は振り返ることなく堂鉄に言った。

 そして但州の声がする湯殿の戸を、ためらうことなく引き開けた。







 薬湯治療のために、但州は白麗を湯殿まで抱いて運んできたものの、さてどのように彼女を湯船に入れたものかと悩んでいた。


 ……簡単なことだと、安易に引き受けてしまったが。

 荘興のやつ、さすが日々の鍛錬は怠っていなかったようだ。

 困ったことになった……


 荘興とはさほど変わらぬ年齢ではあるが、ここにきて但州は少女を抱いて湯船に入る腕力に自信が持てなくなった。


 湯船は自然石を組んで作られているので、底は平らではない。

 そして、薬湯の成分が沈んで滑りやすくなっている。

 医者の無養生ではないが、但州の足腰は年相応に弱っていた。


「萬姜、おまえがやってみるか?」


 なかなかにたくましそうな萬姜の体を見て、但州は言った。

 萬姜が首を横に激しくぶんぶんと振る。


「滅相もないことにございます。

 お嬢さまを湯の中に落とすことでもあれば、取り返しがつきません」


 それではと梨佳を見たが、彼女は一歩下がることで拒絶の意思を表した。

 恥じらいの多い年頃であれば、無理強いは出来ない。


 すでに麻の浴衣に着替えている少女は台の上に横たわったまま、不思議そうに但州と萬姜母子の困惑した顔を見ている。

 但州はため息とともに言った。


「しかたがない。

 この村に住む力自慢の女を探してくる必要があるな」


 そのような時に、英卓が案内を乞うこともなく入って来たのだ。

 耳に入った但州のため息に、彼はすぐにこの場の事情を察した。


「永先生、俺も湯に浸かりに来た。

 こうなればついでというものでしょう。

 俺がその人を抱いて湯に入ればいいだけのこと」









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