111 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その3



 白麗に飲ませる煎じ薬を載せた盆を手に、萬姜が長い渡り廊下を歩いていると、向こうから英卓・堂鉄・徐平の三人がやってきた。


 三人の男たちは、何やら楽しそうに談笑している。

 世間知らずの若い徐平を、英卓と堂鉄の二人がからかっている様子。


 英卓は背が高く見栄えがする若者だ。

 父の荘興もなかなかによい顔立ちをした男だが、彼の母となった女はたいそう美しかったとか。

 その両方の血を引いて、英卓も美しい顔立ちをしている。


 ここしばらくの養生で肌の色は白くなり、顔の火傷の痕を隠すために前髪を切って額に垂らしている。

 その姿は芝居小屋の人気役者のようにさえ見えた。


 三十路となった萬姜でさえ、彼を見ると胸がときめく。


 ……あらまあ、英卓さまに見とれている場合では……


 萬姜は慌てて目を逸らし、廊下の端に身を寄せた。

 その時、英卓のほうから声をかけてきた。


「それは、白麗とかいう少女に飲ませる薬か?」


「はい、荘興さまがお嬢さまに飲ませてくださいますので、お持ちするところでございます」


「父上もおられるのか……。

 それなら、俺が持って行こう」


 英卓の申し出は、萬姜にとっては渡りに船だった。


 明日の朝、荘興は七日間の逗留を終えて、慶央に戻る。

 白麗も回復の兆しが見えてきて、英卓に至っては本当に病人かというほどの元気さだ。これ以上は慶央の荘本家宗主の座を留守にすることは出来ない。


 それで今夜は、簡単ではあるがささやかな宴となった。

 調理場を梨佳と範連も手伝ってはいるが、猫の手も借りたいほどの忙しさだ。


「お任せいたします」


 萬姜は英卓に盆を押しつけると、身を翻した。








 投げ出されたように褥の上に置かれている白く細い手を、荘興は両の手で包み込んだ。


 湯上りということもあって、彼女の手は温かい。

 数日前までは、薬湯治療のあとでも体の芯は冷え切っていて、荘興を不安にさせたものだ。


 命ある人の体というものは、なんともいえぬ心地よい温かさであることよ。

 その想いがあまりにも当たり前であることにと気づき、彼は静かに笑った。

 その心の内が読めたのか、枕に頭を載せたままの白麗も笑い返す。


「英卓は、皆が驚くほど元気になっている」


 英卓という名前を聞いて、少女の笑顔がいっそう明るくなった。


「しかし、もう二度と誰にたいしても、あのような治療は施してはならぬ。

 どれほど心配したことか」


 口調で叱られたことを理解したのか、その美しい顔が曇った。


「明日の朝、わしは慶央に戻る。

 いつまでも慶央を留守にするわけにもいいかぬからな」

 

 金茶色の目が不安げに大きく見開かれる。


「永先生と萬姜の言うことをよく聞くのだ。

 また来るゆえに、それまでに、歩けるようになっているのだぞ」


 永先生と萬姜という知っている名前が出たことが嬉しいのだろう。

 少女は頷くと再び笑った。


 しばらくはこの可愛らしい顔が見られないのか。

 そのことを残念に思ったと同時に、彼は少女のほうに体を傾けた。

 




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