110 白麗、英卓に抱かれて湯に浸かる・その2
竹を割った湯口から石造りの湯船に注ぎ込まれる水音は単調で、山深い湯治場の静寂をいっそう深くしていた。
粗削りな丸太を組み、そのうえに剥いだ木の皮を打ちつけた天井。
周囲を囲む壁も、目隠し程度の板張りだ。
天井と壁の隙間から見える春の夕暮れの薄青い空へと、湯気が逃げていく。
その天井からぽたりと、白麗の頬に水滴が落ちてきた。
驚いた少女は荘興の腕の中でぴくりと体を動かしたが、目は閉じたままだ。
英卓に分け与えたことで血が薄くなり、体の芯まで冷たくなった体が薬湯でじんわりと温められた。
目を開けるのさえおっくうなほどに、気持ちがよいのだろう。
荘興はそっと彼女を抱きかかえなおす。
そして、片手ですくった湯を骨の浮いている細い肩にかけてやる。
少女は前を重ねて紐で結んだ白い湯衣を着ているが、その中で痩せた体は心もとなく揺れて、荘興の腕の中にあっても浮かび上がろうとする。
……英卓の回復ばかりに気を取られて、これほどまでに痩せていたことに気づかなかったとは……
但州の指示に従い、日に二度、こうして白麗を抱いて薬草を溶かし込んだ湯に浸かるが、そのたびに荘興は後悔の念に捉われる。
「命にかかわるという病ではない。
お嬢さんの特別な血は、その再生にも時間がかかるのだろう。
ゆっくりと養生させれば、いずれもとの体に戻る」
但州の言葉を信じるしかない。
その但州は湯船の縁に跪いて、着物の袖をまくり上げた手を湯の中の白麗の手に重ね、その脈を測っていた。
「そろそろ湯から出てもよい頃合いだな。
お嬢さんの頬にも赤みが差してきた」
湯殿の隣の部屋では、萬姜と萬梨の二人が、女主人の薬湯の治療が終わるのを待っていた。薬湯で茶色に染まった体をきれいな湯で洗い流し、着替えさせるためだ。
「範連、お嬢さまにおかけする湯の用意はできていますか?」
「はい、お母さま、出来ております」
衝立の向こう側から、萬姜の息子で十歳になる範連が答える。
「お母さま、私は明日の湯に浸す薬草の準備をいたさねばなりません。
用事があれば、いつでもお呼びください」
範連の頼もしい声を聞いて、また女主人の顔色が少しずつではあるがよくなっていく様子であるのも見て、萬姜は嬉しさを隠せない。
しかし、ただ一つのことを除いて……。
範連とすれ違うようにして、荘興がその両腕に白麗を抱いて入ってきた。
彼が身に纏っているのは、褌一つだ。
治療のためとはいえ、そのような格好の男に女主人が抱かれているのを目の当たりにするのはなんともいたたまれない。
永先生は医師であるから少しは許すとしよう。
しかし荘興さまには我慢できない。
部屋の隅に積んである桶を手に取り、二人の男の背中を殴りつけてこの部屋から追い出した気持ちを、萬姜はかろうじて抑えた。
「あとは、私たちにお任せください。
せっかく温まったお嬢さまの体が湯冷めされては大変でございます」
笑みを張りつけた顔が引きつっているのが、自分でもわかる。
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