106 英卓、白麗に助けられてあの世より戻る・その2




 十日に及ぶ長い眠りから目覚めた英卓だったが、二日目の朝も爽快な気分で目覚めた。しかし、目を開けると、昨日と同じ医師・但州の不安顔が目の前にある。


……気持ちよく目覚めたときぐらい、もっと違う顔が見たいものだ。

 絶世の美女とまでの贅沢は望まないが、またまた老け顔の永先生とは……


 そして寝足りた満足感と自分のくだらぬ思いに、ふっと笑う。

 覗き込んでいた但州の顔が、不安から驚きの表情に変わった。


 昨日、但州は英卓に左腕を切断したこと、顔半面と上半身の火傷の痕は残ることを告げた。そしてその後、有無を言わさずに彼に眠り薬を飲ませた。


 慰めようもないほどに気落ちするか。

 それとも自暴自棄に暴れて、傷口が再び開くことを怖れたからだ。

 しかし、英卓は笑っている。


「英卓、おまえはえらく気分がよさそうだが……」


 医師の問いに、英卓は再び笑った。


「永先生、おれの左腕のことですか?

 ご心配には及びません。

 ちまたでは、荘本家三千人と言われているとか。

 その中には、私の左腕の替わりを務めるものくらいいるでしょう」


 離れて控えていた堂鉄が間髪を入れず答えた。


「その務め、私めにお任せください!

 六鹿山での探索が迅速であれば、失われることはなかった英卓さまの左腕。

 お許しあれば、命を懸けて左腕となる所存です」


「おお、おまえか。なんと大きな男だ。

 おまえなら安心して左腕となってもらえそうだ」


 英卓と堂鉄のやりとりを聞いていた徐平もまた言う。


「おれも、英卓さまの左腕になります!」

「左腕は二本もいらぬと思うが……」

「腕は多いほど、なにかと使い勝手がよいです!」


 切羽詰った徐平の答えように笑いが起きる。







 英卓は寝台の上に体を起こすと、父の荘興に向かって一礼して言った。


「父上、寝台の上で横たわったまま、ご挨拶する無礼をお許しください。

 五年間も親不孝を重ねて、いま、英卓は慶央に戻ってまいりました。

 もし、お許し願えれば、父上のもとで、今までの親不孝を取り戻すべく力の限りを尽くしたく思います」


「今は、そのような他人行儀なことを心配する場合ではない。

 永先生の言うことをよく聞いて充分に養生し、元の元気な体に戻ることだけを考えるのだ」


「身に余るお言葉、ありがたく思います」


 関景が横から口を挟む。


「若い時の荘興と同じで、おまえの出奔も無駄ではなかったということか。

 だからわしは常々言っていたのだ。

 英卓の気質が一番、荘興に似ておると……」


 関景はそこまで言うと言葉に詰まり、派手に鼻水をすすり上げた。


「爺さま、このくらいのことで泣くな」


「徐平が女のようにめそめそと泣くのでな。

 わしにもうつったに違いない」


「そういえば父上、昨日、髪の真白い少女を見たような気がするのですが。

 あれは夢だったのでしょうか?」


「いや、夢ではない。

 あのものの名は白麗と言って、この屋敷の客人だ。


 おまえがこうして命あるのも、白麗の看病があってこそ。

 しかしいまは看病疲れが出たのか、伏せっておる。

 そのうちに折りを見て引き合わせよう」



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