105 英卓、白麗に助けられてあの世より戻る・その1



「宗主、白麗さまをお連れいたしました」

 その声に、目覚めた英卓を取り囲んでいたものたちが振り返った。


 南向きの部屋の廊下に少女は立っていた。

 きらきらとした早春の日差しが後光のように輝いている。

 英卓に施した治療の秘密を知っているこの場のものたちは、その美しさに畏敬の念すら覚えた。


「白麗、英卓が目覚めた。顔を見てやってくれ」

「お嬢さん、はやくこちらへ」


 少女の足取りがおぼつかないことを知っている荘興は少女に近づきその手を取り、医師の但州は笑顔で手招きする。


「お嬢ちゃん、お手柄だ。ありがたく思うぞ」


 十日前には斬って捨てようかという勢いで睨みつけた関景だった。

 しかしいま少女を見つめる彼の眼差しは、目の中に入れても痛くない可愛い孫娘を見るそれだ。


 允陶はこの数日、主人と永医師と萬姜の不安を敏感に感じていた。

 それで、少女の血の気のなさにいまさながらに気づいて驚いた。

 しかし、彼のことだからそれを口に出すことはない。


 堂鉄と徐平にいたっては、英卓が目覚めるという奇跡を目の当たりにしたうえに、明るい陽の光のもとで見る少女の美しさに、ただただ茫然としている。


 今まで自分を取り囲んで口々に喜びあっていたものたちが静まり、振り返って同じ方向に視線を向けたので、何事かと荘英も寝台に横になったまま首を傾けた。


 髪の真白い少女がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 彼はその美しい顔に惹き込まれた。


……不思議だ、ここにいる誰よりも、この少女が一番懐かしい。

 ずっと昔からこの少女を見知っていたような気がする。

 しかしそれにしては、肝心の名前を思い出せないのはなぜだ……


 少女の顔をもっとよく見ようとして、彼は起き上がろうとした。


 しかし体が持ち上がらない。

 怪我で上半身に力が入らないというのではない。

 左腕のあるべき場所が心もとなく、宙を掻いているようだ。

 火矢をまともに受けたことを思い出した。


 ……おれの左腕は、どうなっているのだ?……


 その時、彼の寝台まであと数歩というところまで近づいた少女の体が崩れ落ちた。

 

 萬姜が悲鳴をあげる。

 少女の頭が床に打ちつけられる前に、荘興はその体を抱きかかえた。







 寝台に寝かされた女主人の横で泣き崩れている萬姜を見下ろして、但州は言った。


「萬姜、取り乱すではない。

 お嬢さんは意識を失っているが、命に別状はない。

 血が薄まっているのだ、それもかなり酷く……」


 そして振り返って、傍らに立っていた荘興に言った。


「回復までは長い時間がかかることは覚悟したほうがよいだろう。

 お嬢さんの血は常人とは異なるようだ」


「すべては承知していること。

 おまえに任せる。」


 萬姜が取り乱していなかったら、但州と荘興の会話にはこの事態を事前に覚悟していたような落ち着きがあったことに気づいたことだろう。


「萬姜、お嬢さんの手足を優しく撫でて、血が巡るようにするのだ。

 そして絶対に、その体を冷やしてはならん」


 萬姜は泣きながらも、但州の言葉に大きく頷いた。





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