104 白麗、瀕死の英卓に治療を施す・その5
翌朝、荘興は医師・永但州に言った。
「すべては、白麗に任せようと思う」
但州もそれに応えて言った。
「昨夜、おまえとお嬢さんの間に言葉を超えて心が通じ合うものがあったというのであれば、わしとしては、もう何も言うことはない。
ただ、わしも医師として、お嬢さんの体にも気を配ることは約束しよう。
それにしても、英卓の回復は信じられないほどだ。
とくに火傷の治りの速いのには驚かされる。
そういえば、以前、お嬢さんの擦り傷の治りの速さにも驚いたことがあった。
あの時は、わしの秘伝の傷薬がよく効いたと思っていたのだが。
お嬢さんの血には、秘められた力があるのかも知れぬ。
不思議なお嬢さんだ」
但州は探るように荘興を見た。
しかし刎頸の友は少女のことについてだけは口が堅く、それ以上のことについては何も話そうとしなかった。
その日から二日過ぎた。
寝台の上で上半身を起こした白麗は、但州の処方した薬湯を飲んでいた。
それは体の中で滋養となり、薄くなった血を濃くするという。
苦いもの辛いものを嫌う少女のために、蜜を加えて甘くしてある。
年かさの梨佳が一匙一匙、少女の口元に運び、その回数を六歳の嬉児が指を折って数える。
少女は薬湯を口にするたびに顔をしかめた。
しかし、萬嬉が「ひとつ、ふたつ…」とたどたどしく数えて、梨佳に優しく次を促されれば、飲み込むしかない。
その様子を萬姜は不安を隠しつつ笑顔で見守っていた。
……最近の白麗さまは、英卓さまの治療のために起き上がる以外は、ほとんど寝台の上で過ごされている……
外で人の気配がした。
そのものはあわてて走ってきたようで、息が上がっている。
「萬姜、英卓さまがお目覚めになった!
宗主が、白麗さまを呼んでおられる!」
充分に寝足りた朝のように爽快な気分で、英卓は長い眠りから目覚めた。
しかし真上に見えたものは、藁で葺いた天井ではない。
木目も美しい板張りの天井であることに驚く。
「どこだ?」と起き上がろうとすると、肩を押されて寝台に戻された。
五年ぶりに見る懐かしい顔が目の前に迫っている。
「永先生……」
自分の発した言葉に、周囲のものが驚きの声をあげるのが聞こえた。
しかしあとの言葉は、口の中で舌がこわばって出てこない。
但州の手が何かを診ているらしく顔に触れる。
「無理するな、英卓。
十日近くも眠り続けて、目が覚めたのだ。
目は見えるのだな?」
当然だと頷くと、また周囲のものたちがどよめく。
英卓は頭をめぐらして、自分を取り巻く一人一人の顔を見た。
……永先生も、久しぶりに見ると目尻の皺が増えているではないか。
ああ、父上もおられるのか。
父上の髪にも白いものが多くなった。
おお、関景、おまえはますます爺様になってしまったな。
相変わらず口煩いのか。
允陶め、おまえの無表情で陰気な顔は変わっていない。
この大男は誰だ。
まるで黒い牛のように大きな男ではないか。
それからこの若い男は何を泣いているんだ……
この場で一番若い徐平は、十日前は英卓の命が危ないと知って泣いた。
そしていまは目覚めた喜びに、涙は拭っても拭っても溢れてくる。
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