101 白麗、瀕死の英卓に治療を施す・その2




 外が騒がしい。

 誰かが部屋の中に入ろうとして、それを止めようとするものの間で押し問答が繰り返されている。


 声が静まると同時に、戸が開けられた。

 白麗がその姿を現し、その後ろにうろたえておろおろとしている萬姜が続く。


「髪の白い女子おなご、何をしに来た?」


 白麗を見て、関景が気色ばんで立ち上がった。

 怒りでかすかに震えるシミの浮いた手には刀が握られている。


 関景はまだよくこの少女のことを知らない。

 

 ……荘興に可愛がられていることをよいことに。

  女子の分際で、このような場所にのこのこと姿を現すとは……


 英卓の無残な姿に打ちのめされていた彼は、目の前の真白い髪の少女に斬って捨てたいほどの怒りを覚えた。


 関景の怒りがわかる堂鉄と徐平はとっさには動けなかった。

 彼らより一呼吸早く允陶が立ち上がり、その身を少女と関景と間に割って入れる。允陶は隣の部屋に向かって言った。


「宗主、白麗さまがお見えになりました」


 しかし、関景と允陶には目もくれず、少女はまっすぐに怪我人が横たわっている寝台に近づく。

 但州が少女に言う。


「お嬢さん、このものは英卓と言って、荘興の行方知れずだった息子だ。

 五年ぶりに戻ってきたものの大きな怪我を負っている。

 いまは治療中だ。だから今夜は……」


 しかし但州に最後まで言わせることなく、荘興が言った。


「但州、よいのだ。

 白麗には医術の心得がある」


 三十年前の夏の夜、朽ちかけた寺で出会った旅の僧侶・周壱は言った。

 彼の仕えた老師は若いころに髪の真白い少女の治療を受けたと。

 その後、百歳になったその老師は言ったのだ。

「少女の治療を受けて、それまでとは別人のような心と体になった」と。







 関景と允陶が目に入らなかったように、少女は荘興と永但にも目もくれない。


 英卓の横に座ると、彼の顔の左半分を覆った布をとり金茶色の目でひたと見つめる。そして荘英の体にかぶせてあった掛け布をめくると、彼の着物の前をはだけた。


 あらわになった男の胸に、彼女は傾けた頭を載せる。

 心の臓の鼓動を聞いているらしい。


 体を起こすと、今度は、傷の一つ一つを調べ始めた。

 その手際のよさと切断された腕を見ても動揺しない様子に、周りを取り囲んだものたちは声一つ上げることが出来ない。


 寝台の横には、但州が英卓に飲ませようと何度も試みた煎じ薬の碗が置いてある。少女は碗を持つと、ほんの一口、それを口に含んだ。


 しかしあまりにも苦かったようだ。

 碗を持った手が宙に止まり、少女の可愛らしい顔がしかめっ面となる。

 こういう時でなかったら、周りから笑いが起き、但州も冗談の一つくらい言ったことだろう。


「それは麻黄を煎じた熱さましだ。

 あと化膿を止める芍薬と甘草……」


 但州の説明がわかっているのか、わかっていないのか。

 少女は顔をしかめたまま頷く。

 薬の説明が終わると同時に、味見が終わったようだ。


 再び煎じ薬を口に含むとゆっくりと立ち上がり、少女は英卓に覆いかぶさった。







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