英卓、5年ぶりに慶央に戻る

100 白麗、瀕死の英卓に治療を施す・その1


 六鹿山の山里にただ一人いる医師は、堂鉄に担がれて運び込まれた英卓を診て顔色も変えずに言った。

 

「五体満足のままここで死なせることを望むのであれば、この若者の左腕は切り落とさぬ。しかし、慶央に連れ帰ってその死に目に立ち会わせたいものがいるのであれば、切り落とすしかない」


 荒くれた鉱夫たちの喧嘩、落盤事故、そして野盗の襲撃。

 六鹿山では日常茶飯事の出来事だ。


 目の前に横たわる若者の出自がどうであれ、深手を負った瀕死の体は彼にとって見慣れたものでしかない。医師は言葉を続けた。


「慶央の医師・永但州とは知った仲だ。

 彼もわしの診立てが正しいと言うことだろう」


 その言葉に、堂鉄は英卓の左腕をこの場で切り落とすことを決めた。

 そして三日三晩、馬を乗り継ぎながら馬車を走らせて、意識不明の英卓を慶央に連れ戻った。








 荘興にとって、五年ぶりに見る息子・英卓の顔だった。


 少年であった頃の面影はなく、大人の男の顔だ。

  美しかった母親に似て鼻梁が高く、今は長い睫毛しか見えないが目を開けば二重の切れ長な目だ。

 意志の強そうな薄い唇の形だけが、父親の自分に似たのか。


 しかしその美しい顔も、火矢で火傷して左半分が焼けただれている。

 治療のための軟膏を塗った布で覆われていた。


「幸いなことに、目には火は入っていない。

 視力に障りはないだろう」


 医師の永但はそう言ったが、死んだように横たわる荘英に果たして目を開ける時が来るのか。


 火傷は顔から左首筋を這って肩から背中にまで続いていた。

 そして腕といえば……。


「残念だが、左腕は切り落とさざるをえなかったのだろう。

 長時間の止血で壊死も始まっていたに違いない。

 壊死の毒が体に回れば、命とりだ」


 医師の但州が英卓の状態と治療について説明する。


「それにしても、まずはこの高熱を下げたいのだが。

 この状態では薬の飲ましようがない」


 英卓の顔を覗き込んでいた荘興が訊ねた。

「それで、あともってどれほどの命だ?」

 

「明日の朝までというところだ」


 言葉を濁すことなく但州も答える。

 そして、彼は慰めともつかぬ言葉を続けた。


「おまえの元に戻ってくるまでは、英卓も頑張ってもたせた命だ。

 悔いはないだろう」


 





 隣の部屋では、関景・允陶・堂鉄・徐平の四人が並んで座っていた。


 関景はあまりの無念さに落胆を隠そうとしない。

 時々、肩が揺れるほどの大きなため息をつく。


 允陶も心の中は関景と同じだ。

 しかし、目の前で子を失おうとしている主人の胸内を思い、かろうじて無表情を保っていた。


 堂鉄は任務を遂行出来なかった申し訳なさに、巨体を小さくしている。

 不手際に終わったことに対して、いずれは責任をとるつもりだ。


 その横で、まだ十五歳の徐平は拳で涙を拭いていた。

 この二か月間の経験とその結果を思えば、涙は拭いても拭いても溢れてくるのだった。







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