083 園剋、口の中に毒蛇の牙を隠し持つ・その4



 この日、彩楽堂の主人と萬姜は互いの知恵を絞り合い、白麗を美しく着飾らせた。


「お嬢さまは、動きにくいことと窮屈であることを嫌われます。

 機嫌よくお召しになって戴くためには、着物の袖や裾も大仰に長くすることなく、綿を詰めて膨らませることもやめたほうがよいかと。

 それから、極力、体を締めつける紐の数を減らしてください」


 萬姜のあれやこれやの注文に、慶央一の呉服商の誇りを持つ彩楽堂の主人は、初めは承服しかねるものがあった。

 しかし、白麗に着てもらわねば、すべての苦労は水泡に帰す。


 李香から贈られた着物は、いま咲き始めた梅の花が散ればその枝先から芽吹くであろう若草色。それに、あと少しでやってくる春の盛りの空に浮かぶであろう瑞雲が、金糸銀糸で刺繍されている。


 梨佳の手によって少女の顔に念入りに施された化粧もまた、あと少しでどのように美しい大人の女になるのかと思わせる。


「お若い白麗さまには少々地味なお着物かと心配いたしておりましたが。

 今回、お着物というものは、お召し戴いたお人を引き立てるためにあるものだということを、改めて痛感いたしました」


 白麗の清冽でありながらあでやかな立ち姿に見とれながら、彩楽堂の主人は安堵の溜息とともに呟いた。


 しかし、その呟きは萬姜の耳には入っていない。

 金細工の簪を手にしたまま思案にくれている様子だ。


 昨年の秋に散切りであった少女の髪は、やっと首筋を隠すほどに伸びて、肩の上でまっすぐに切り揃えられている。その白く艶やかで美しいことは、蚕が吐き出したばかりの生糸のようだ。

 彩楽堂の主人が言った。


「萬姜さん、お嬢さまにかんざしは不必要かと。

 そのままで、真白い美しい御髪にございます」







 白麗の支度が整ったのを見計らったように、允陶がやってきた。


「白麗さまをお連れせよと、宗主がお呼びだ」


 その声に少女が振り返る。

 着飾り化粧を施した少女の美しさに允陶は息を呑み、胸の内を隠すために萬姜へと目を逸らした。目を再び少女へと戻せば、二度と目を逸らすことは出来ない。


 彼は努めて軽口に聞こえるように萬姜に言った。


「萬姜、おまえがそのような不安顔でどうする?」

 

「允陶さま、言葉の不自由なお嬢さまに挨拶など出来ますでしょうか?

 人に頭を下げる作法すら、ご存じないお人ですのに」


「そのようなことか。

 心配するには及ばぬ。

 だからこそ、宗主はおまえに白麗さまを美しく着飾らせよと、命じられたのだ」


「……と、申されますと」


「このように美しい姿を目にすれば、その眼福に、誰もが少々の無作法など許そうという気になる。そのうえににこりとでも笑えば。

 ただ……」


「ただ……とは、それはなんでございましょう?」


「園剋さまがどう出られるかだ。

 まあ、その時は、宗主がうまくさばかれる」


 その言葉に心を決めた萬姜は、少女の手にそっと愛笛を持たせた。


「お嬢さま、たくさんのお客人が、お嬢さまの笛の音を聴こうと集まっておられます。さあ、お出ましになられませ」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る