084 園剋、口の中に毒蛇の牙を隠し持つ・その5



 妓女たちに注がれた美酒が、梅見の宴にいるものたちの喉を潤す。

 それにつれて座の雰囲気は和やかなものとなる。

 あと一、二杯の盃を傾ければ、騒がしくなり乱れてくるだろう。


 座を見渡した荘興が言った。

「皆のものに、我が屋敷の客人・白麗を紹介したいと思う」

 その言葉に、一瞬にして座が静まった。

 楽曲は止み踊り子たちは再び平伏し、盃を卓に戻して皆は畏まる。


 しかし、康記と春兎は戯れ続けるている。

 さすがに康記の兄の健敬が咎めようとしたが、荘興はそれを目で制した。

 その隣の毒蛇・園剋もまた、口元に運んだ盃はそのままだ。


 荘興は言葉を続けた。


「この席で、白麗を披露するのもいかがなものかと思いもしたのだが。

 巷では、白麗は人ではないというものもいる。

 その笛の音を聴けば、万病も治るというものまで。

 困ったものだ」


 すでに白麗を見知ったものはかすかに頷き、噂だけでしか知らぬものたちは期待で、おもわず喉ぼとけがごくりと動く。


「それゆえに、今日は皆の目で、その噂の真相を明らかにしてもらいたい。

 允陶、白麗をここに……」


 その時、やっと盃を戻した園剋が口を開いた。


「ちょっと待って欲しい、義兄上。

 天女のように美しいとか言われている白麗という女子の披露目の前に。

 義兄上とその女子の馴れ初めを知りたいと思うのは、この席で、おれ一人でもないと思われるが。

 三十年間こだわり続けた女子を、義兄上は西国の姉弟の女衒より買ったとか?」


 傍若無人なその言葉に、緊張が走る。

 しかし、荘興は顔色一つ変えなかった。

 こういうこともあろうかと、彼はすでに用意していた話を語り始めた。

 少女を娶るために、改名とともにその出自も明らかにする必要がある。


「わしが三十年前に青陵国を旅していた時のことだ。

 出会った旅の老僧より、1つの噂話を耳にした。

 この広い中華大陸に住むもの中には、その髪真白く、そのものの吹く笛の音の妙なること天上の調べのごとしというものがいるとか。


 その後、慶央に戻ってより、そのようなものがいるのであれば、その髪真白いものの顔を見て、そのものの吹く笛の音を聴きたいものだと思い、探していた。

 昨年の秋に、やっと出会うことが出来た。

 そして、幸運にも、我が屋敷に住んでもらうこととなっただけのこと。


 白麗と旅をしていた姉と弟は女衒ではない。

 彼らは、とある小さな国の皇族の端に連なるもの達だと聞いた。

 その二人が仕えていたのであるから、白麗も高貴であることに間違いはない。


 園剋、軽んじた言葉は慎んで欲しい」


 荘興の真実半分嘘半分の話に、皆は納得するしかない。

 しかし、園剋は食い下がった。


「そうは言っても。

 義兄上の言葉を疑うわけではないが……」


 だが、園剋は最後まで言葉を続けることができなかった。


 允陶が開けた戸から、美し着飾った少女が姿を現した。

 これもまた可愛らしく装った嬉児を、裾持ちに従えている。


 少女は軽やかな足取りで、真直ぐに歩を進めた。





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