080 園剋、口の中に毒蛇の牙を隠し持つ・その1



 いまだに朝と夜はめっきり冷え込む。

 池に薄氷が張り、日中に小雪が舞うのも相変わらずだ。

 しかし、陽射しの煌めきは隠しようがない。

 庭の梅の木の花が一つ二つとほころぶ。


 荘本家の<梅見の宴>の当日は、朝より晴天に恵まれた。

 夜のうちに地上のすべてを覆いつくすかのように真白く降りた霜が、東の空に昇り始めた陽に撫でられて、きらきらと輝きながら解け始めた。


 そのような中で、荘本家の屋敷では、大勢の下働きのもの達が準備のために忙しく働いている。


 蜂の巣をつついたような人の動きと、重なり合う大きな声と声。

 彼らは手と体を動かしながらも、口もまたよく動いていた。


「今日より、喜蝶さまの名前を白麗さまと改めるらしい」

「言い間違えれば、屋敷から放り出されるとか」

「そんな……。

 短気な宗主さまでも、それはいくらなんでもなかろう」


 しかしながら、彼らがどのように噂しあったところで、少女の改名を決めた宗主の胸の内までわかるものなどいない。そのうちにどこからか監督面したものが現れて、「無駄口を叩くな!」と尻を蹴とばされて大慌てで散っていく。


 それでも、蹴とばされた尻が痛もうと目の回るように忙しかろうとも、皆の顔は明るい。


 こうした祝い事の慣例で、宴の終わった後に残った料理と酒は彼らに下げられる。客人たちが去れば、今夜は無礼講だ。


 腹が裂けるまで肉を食べ、美味い酒を吐くほどまで呑む。

 酒席の酌のために妓楼の美女たちも呼ばれている。

 彼女らの歌い舞う姿をちらっとでも拝めれば、そのまま昇天してもいい。


 




 早春の陽射しがその輝きを失いながら傾き始めた頃、用意万端整った荘本家屋敷に客人たちが集まり始めた。


 ごく内輪の宴という触れ込みであり、また実際もそうである。

 しかし、荘本家の宴の末席にでも座りたいと願うものは、この慶央にはごまんといる。そのうえに、今回は、荘興が掌中の珠とする少女が改名の挨拶をするとか。


 その少女の姿は、天女のように美しい。

 そして少女の吹く笛の音を聴けば、万病が癒されるという。


 仕切りが取り払われた奥座敷の大広間、そして庭に敷き詰められた敷物と置かれた夥しい卓。


 そこに誰を座らせて誰を切り捨てるのか。

 毎年のことではあるが、允陶の人選に間違いはない。

 そしてまた、その非情ぶりも冷血と思えるほどに見事だ。






 宗主の荘興が広間の正面に座る。

 その右横には、長男の健敬。左横には三男の康記と園剋。


 健敬は二十八歳、すでに妻帯していて子もいる。


 何事にも中庸を好む穏やかな気質は、その顔にも表れていた。

 それを好ましいと思うか、物足りないと思うか。

 荘本家三千人の評価は二つに割れていた。


 三男の康記は十三歳となったばかり。


 病弱な李香が突然に、「もう一人、子が欲しい」と望み、荘興がそれに応えた。

 李香が命をかけて産んだ末子だ。


 そのために康記は、母に溺愛され、それに取り入る叔父の園剋に偏愛されて育った。

 最近では、外歩きするようになって、悪友も出来たようだ。

 荘家の威光を笠に着た素行の悪さが、荘興の耳に入るようになった。




 康記と園剋。

 この二人が梅見の宴の席にその姿を見せたのは何年ぶりか。

 

 


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