081 園剋、口の中に毒蛇の牙を隠し持つ・その2



 梅見の宴が始まった。


 遅まきながらの新年を寿ぐ、荘本家宗主・荘興の言葉。

 賓客には旧年中の引き立てへの謝意と新しい年の変わらぬ交流をこいねがい、仲間たちには今までの働きをねぎらいこれからの無事息災を願う。


 彼の短い挨拶の内容は、毎年、変わることはない。

 しかし今年はその後に言葉が続いた。


「私事ではあるが、昨年、我が屋敷に美しい客人を迎えた。

 すでに承知のものもいることとは思うが、この場を借りて、あらためて皆に披露目しようと思う。

 その名を白麗という。

 支度が整えば、この座に呼んで挨拶をさせるつもりだ。

 では、梅の花を愛でつつ、美酒を愉しまれよ」


 そして宴の始まりの合図にと、二度手を打つ。


 楽器の妙なる音が流れてきた。

 庭に設けらえた舞台で平伏していた女たちが立ち上がり、優雅に舞い始める。


 慶央中の妓楼から集められた着飾った美女たちが、酒の入った甕を手にして現れる。あるものは馴染みの客の横に座って酒を勧め、あるものは男たちの間を歩いてその盃に酒を注いでまわった。






 


「荘興さま、お招きありがとうございます。

 今年の梅見の宴もまた格別に盛況のご様子。

 この春仙、我がことのように嬉しく思います」


 荘興の春仙が男の持つ盃に酒を満たしながら言った。

 彼女は、その華やかさで慶央一といわれる妓楼・紅天楼の妓女だ。


 少々盛りは過ぎたが、いまでも『紅天楼に春仙あり』といわれている。

 美しくもあり賢くもあり寝所での術にも長け、そして琵琶の名手でもある。

 荘興と深くなじむようになって十年が過ぎた。


 病弱な正妻・李香が亡くなれば、荘興は彼女を身請けするだろうとは、慶央の姦しい雀たちのもっぱらの噂だ。しかしそれはないとは、春仙自身が一番よく知っている。

 

 ……妓女のあたしを蔑むこともなく、荘興さまはいつもお優しい。

 しかし、そのお心は、病弱な正妻・李香さまの、そして李香さまの代わりに抱かれてきたあたしのものでもない。


 荘興さまはそのお心の中に、髪が真白いという少女を、長い歳月、住まわせておられた。そして荘興さまは、昨年の秋にその少女と出会い、この屋敷に住まわせておられる。

 

 いずれ、その少女を娶られるとか。


 そうなれば、あたしも紅天楼から身を引いて、いま言い寄ってくださっているどなたかの側女になるしかない。

 しかしその前に……


 酒の甕を傾けたまま、春仙は妹分の春兎を見やった。


 まだ十五歳の春兎は、その美貌と才覚で、春仙の再来といわれている。

 春仙のもとであと数年修業して、紅天楼を背負って立つ妓女となる身だ。


 荘興の三男・康記の横に、春兎はべったりと座っている。

 その姿態は、酒館の安っぽい酌婦のようだ。


 康記が何ごとかを春兎の耳に囁く。

 口元を覆うこともなく春兎はけたたましく笑い、甲高い嬌声をあげた。


 その光景に、美しい眉根をひそめて春仙は心を痛めた。


 


 


 

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