078 荘興、喜蝶の名前を白麗と改める・その7



 二十年昔、その名も定かでない遠い西の国から売られてきた女を荘興は囲った。


 広大な中華大陸には、常に大小数え切れぬほどの国があり、互いに戦争を繰り返しては勝者は隆盛を極め、敗者は消滅する。その女が生まれ育った国も戦争に敗れ、女は捉われの身となって女衒に売られたのだろう。


 宮女だったという触れ込みで、色の白い美しい女だった。

 荘興との間に男の子を生して、英卓と名づけた。


 しかし母親となっても、その女は故郷を懐かしむばかりで、夫となった荘興に心を開こうとしない。心に秘めた激しい気性の持ち主だったのだ。

 懲らしめに赤ん坊の英卓を取り上げ本宅に引き取ると、女は悲しみと失意の底に沈み、恨みのなかで死んでいった。


 残された英卓はその姿形に母の面影を強く受け継いで、青陵国の男にしては色白く彫りの深い顔立ちをしていたが、その激しい気性もまた母親ゆずりだった。

 体格のよさだけが、父親の荘興に似ていた。


 異母兄弟と暮らす居心地の悪さからか、何度も出奔を繰り返した。

 最後の出奔は、英卓が十五歳の時。

「連れ戻さなくてもよい」と、業を煮やした荘興が言ってから、五年となる。


 そしていま荘興も五十歳となり、荘本家の跡目問題が起きた。

「英卓の気性は、健敬・英卓・康記の三人の息子の中で、父親の荘興に一番よく似ている。荘本家の後継ぎは、英卓がふさわしい」

 突然、関景を中心としたものたちが言い始めた。 


 英卓の気性が自分に似ているかどうかはわからない。

 しかし、関景たちの言い分は理解できる。


 十五年前に、正妻・李香の腹違いの弟・園剋が泗水から慶央にやってきて、本宅に住みついた。生業の忙しい荘興が本宅を留守がちにしていたことと、体の丈夫でない李香の慰めになればと、誰もが大目に見ていた。


 園剋は髭薄く、女と見まがうほどに優し気な風貌をした男だった。

 そのものの言い方もまた、春の風にふわりふわりと飛ぶ綿毛のように掴みどころなく優しい。


 しかし、今になればわかる。

 彼は、その優し気な風貌と物言いの下に、尋常ならざる冷酷な性質たちを隠し持っている。


 彼はその優しい言葉で、狙いを定めた獲物に巧みに近づき、そしてその優しい風貌からは想像のつかぬ怪力で締めつけてくる。

 そして得物を弄びその苦しみを眺め愉しんだあと、牙をむいて首筋に噛みつき毒を注ぎこんで止めをさす。


 いつしか、園剋の赤い舌の先が二つに割れているという噂がまことしやかに囁かれるようになった。そして彼は<毒蛇>とあだ名されて、怖れられるようになった。


 その毒蛇・園剋が、荘興と李香の間に遅くに生まれた康記の父親であるかのように振る舞い、荘本家の跡目を狙っている。

 荘本家の立ち上げから関わってきた古参の関景たちが園剋を忌み嫌うのも当然だ。







 但州は言葉を続けた。


「英卓の居場所はわかっているのだろう?

 六鹿山で、傭兵に身をやつしていると聞いているぞ。

 堂鉄たちが迎えに行ったとか。

 それなのに、なぜにこうも手間取る?」


 湯飲み茶碗を盆の上に戻して、荘興は長年の友の顔を見た。


 毒蛇・園剋の絡んだ荘本家の跡目争いに、この気のいい友を巻き込みたくはない。しかし、それは無理というものか。

 




 


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