065 喜蝶と萬姜母子、慶央の街を歩く・その2




 喜蝶さまを伴って、慶央城郭内に買い物に出かけたいという萬姜の願いは、家令の允陶から荘興に伝えられた。

 意外にも、荘興はあっさりとそれを許した。


 少女を屋敷内に閉じ込めておくと、再び何が起きるか分からぬという危惧も、少なからずあった。少女の噂が慶央城壁内まですでに広まっていることも耳にしている。


 荘本家屋敷にかくまわれている真白い髪の少女の美しさは、まこと天女のようだ。

 これは、少女が屋敷から抜け出した時にかかわった青物屋の父子が、自分たちの落ち度の言い訳に広めた噂であろう。


 少女の奏でる笛の音を聞けば万病も治る。

 これは、荘興の所望に応じて奏でる少女の笛の音を漏れ聴いた、屋敷内のもの達が言い始めたことだ。門番に立つものの報告によると、少女が笛を奏でる時刻を見計らって、塀の外に人が集まるようになったとか。


 当たらずとも遠からずとは思う。


 しかし、放っておけば、このうえにどのような尾ひれがつくことか。

 人は見えないものに対して、勝手な想像を膨らませる生き物だ。


 少女を人目から隠すことが、彼女を守る方法だと思っていた。

 しかし、木を隠すには森の中、人を隠すには人の中という。


 自由にさせてやって人の中に紛れ込ませるのも、案外とよいのかも。

 そうやって少女は広大な中華大陸を彷徨さまよってきたに違いない。






 そしてもう一つ。

 少女を娶るのだと公言してから、荘興の心は落ち着いた。


 先日の夜は、屋敷を勝手に抜け出した少女への怒りもあって、早急なことをしてしまった。


 しかしながら、その後、少女に避けられていないのだけは救いだ。

 少女の記憶が長く持たないというのが幸いしたのか、そもそも自分を嫌ってはいないということなのか、萬姜という女の世話が行き届いているのか。


 三十年も待ったのだ。

 掌中の玉としてその美しさ可憐さを愛でながら、あと数年待つことくらい容易たやすいことではないか。


 その間に、医師の永但州に短い余命を告げられている李香を見送ることになるだろう。


 李香には与えられる限りの贅沢をさせてやった。

 しかし、その金が血生臭い夫の生業から出ていることを、彼女は言葉にすることはなかったが嫌っていた。また時に、夫の心が他の女に移ることも耐え難いことであっただろう。


 自分を好いて遠い泗水から嫁いできた李香を、幸福にすることは出来なかった。

 その負い目が、泗水から転がり込んできた園剋をのさばらせることとなってしまった。


 荘興が本宅に住んでいないことをよいことに、園剋は病弱で寂しい李香の心を操り、末子の康記を甘やかして手懐けている。

 荘本家の乗っ取りを企てているのは明らかだ。


 これ以上、見過ごすことは出来ない。

 園剋を倒す決心がやっとついた。

 英卓が戻ってくれば、ことは嫌でも動き出すことだろう。


 そうして、すべてが数年かけて終われば、少女を娶り生業から身を引く。

 将来、少女との間に、子を生すことができればどんなによいだろう。

 少女に出会うべく、自分は天に選ばれた身なのだ。







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