066 喜蝶と萬姜母子、慶央の街を歩く・その3



……ここが、南の都と言われる慶央の街。

 なんと華やかで賑やかなこと……


 大門をくぐり抜け慶央の街に入ってより、自分の歳も忘れて、萬姜は物珍しさにきょろきょろと頭を動かしっぱなしだ。


 真珠に例えられた街並みの家々の甍は艶のある薄い灰色で、晩秋の心もとない陽射しの下で美しく輝いていた。

 柱は紅殻で赤く染められ、石の壁は白い。


 行き交う人々も、田舎の町の新開と比べようもないほどに活気に満ちている。


 敷き詰められた石畳は、過ぎ去った歴史とともに削られて丸くなっている。湿り気を帯びた冷気が履物の底を通して伝わってきたが、美しい街並みに目を奪われて、気にならなかった。


 喜蝶と足の遅い嬉児は馬車に乗り、馬に乗った允陶はその横につく。

 馬車の後ろに萬姜と梨佳。

 そして警護のもの達が前後に二人ずつ。


 馬車の窓の垂れ幕を跳ね上げて、喜蝶と嬉児の二人は顔を覗かせていた。

 時おり、嬉児が短い手を差し伸べて何かを指さし、喜蝶が頷いてそれに応える。

 窓枠に並んだ忙しなく動く二つの顔は、枯れ枝に身を寄せた膨ら雀のように愛らしい。


 道行くもの達が立ち止まり、こちらを伺い始めている。

 荘本家の馬車だということを、彼らは知っていた。


 苦笑いを浮かべた允陶は、萬姜に馬を寄せて言った。

「これでは、まるで見世物だ。

 彩楽堂まであと少し。喜蝶さまには歩いてもらうのもよいな」


「それがよいと思われます」

 そう答えながら、萬姜は銭を入れた巾着を仕舞っている胸元に手を触れた。彩楽堂で、糸と針を買い求めるつもりだ。







 昨夜、部屋の隅で平伏していた萬姜に允陶は言った。


「宗主の許しは得た。

 喜蝶さまと梨佳と嬉児も伴って、しばしの買い物を楽しむがよかろう。

 さればこれはその時のための銭だ。

 私は男ゆえに、そういった買い物にどのくらいの銭が必要なのかわからぬが、とりあえず渡しておこう。

 足りないようであれば言ってくれ」


「いえ、先日、支度金として過分にいただいております。

 それだけで充分でございますので、受け取るわけにはいきません」


 畏れ多いと身を縮こまらせた萬姜に、允陶は続けて言った。


「銭はいくらあってもよいものだ。

 おまえの息子の範連はなかなかに利発そうではないか。

 あのまま、ここで薪割りをさせておくわけにもいかぬだろう。

 勉学の道に進ませたければ、銭は入り用となる」


 萬姜と娘二人は、奥座敷の一画に部屋をあてがわれて、そこで寝起きをしている。しかしまだ十歳とはいえ、男である範連はそうはいかない。

 下働きの男たちと寝起きを共にし、今の仕事は朝から晩まで薪割りと水汲みだ。


 命を長らえた喜びはあるが、それはそれとして、この先の子どもたちの将来ことを、女の身一つで考えなければならない。

 允陶の言葉に、脆くなった涙腺がまたまた緩んだ。

 





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