062 関景と允陶、千松園で密談する・2




「荘興のやつが、年端もいかぬ小娘を連れてきてうつつを抜かしている様子には、腹が立ってたまらぬ。

 だが、その女のおかげで、英卓を呼び戻す気になったとはな。

 世の中、何がどう転ぶか、わからんものだ」


 三十年昔の荘本家の立ち上げから常に傍らにいて、荘興を導いてきたとの自負がある関景にとって、荘興はいつまでも説教の必要な若造だった。

 しかしながら、先ほどから関景があまりにも憎々し気に小娘、小娘と言うので、允陶が口を挟んだ。


「喜蝶さまと言われます」

 

 しかし、その言葉は火に油を注ぐこととなっただけだ。

 年寄りに苦々しい過去を思い出させる。


「ふん、女の名前など、わしの知ったことか。

 美しいだけの女には、英卓を産んだあの女で、荘興も懲りたと思っていた。

 五十歳も過ぎて、またまた、孫ほどの歳の小娘に魂を抜かれおって」


 男が大事を成すと決めたからには、女にだけは気をつけろと、関景は若い荘興に口を酸っぱくして言い続けてきた。

 そのせいもあって、時に若気の至りで遊女相手に羽目をはずすことはあっても、一人の女に入れあげることはなかった。英卓を産んだあの女に出会うまでは。


「西国から売られてきたとかいう、色の白い女であったな」


 荘興が唯一、妾として囲い子を産ませた女だ。

 女衒との間に立った男の話では、女はある西国の宮廷の中で、位の高い宮女として不自由のない日々を過ごしていたとか。そのうちに、高貴な人の妻になる身でもあったらしい。


 それもあってか、いつまでも西国で暮らしを懐かしがった。

 異国の成り上がりものである荘興を見下す思いもあっただろう。

 決して心を開こうとしなかった。


 自分の意に染まぬことに業を煮やした荘興が、女を困らせるつもりもあって、まだ幼かった英卓を取り上げて、本宅に引き取った。

 その後、女は子を取り上げられた恨みの中で死んだ。


 そして、引き取られた英卓も衣食住に不自由はなかったが、異母兄弟の中での日々は楽しいものではなかったはずだ。


 何度も出奔を繰り返し、そのたびに探し出されては連れ戻された。

「もうよい、あれのことは放っておけ」と荘興が言った最後が、英卓が十五歳の時だった。

 くしくも父・荘興が慶央を出奔した同じ歳の時である。


 その時は、関景も含めた誰しもが、荘興と正妻・李香と間に生まれた健敬と康記の二人がおれば、荘本家の将来は安泰と考えていた。

 まさか、彼らの後ろに李香の弟・園剋が張りつくようになるとは。

 そして、その〈毒蛇〉とあだ名される本性をあらわにしてくるとは。


 穏やかな性格の健敬は、園剋の影響を受けずにすんでいる。

 しかし、荘興と関景の身に何か起きれば、園剋は健敬を排除し、御しやすい次男の康記を担ぎだすのは明らかだ。


 頼みの綱は英卓しかいなかった。

 幼い時から出奔を繰り返すほどの根性があるのだ。

 連れ戻すことができれば、園剋とまともに張り合えるだろう。


 それにしても、跡目問題になかなか重い腰をあげようとしない荘興が歯がゆい。

 そのうえに、年端もいかぬ小娘に夢中になるとは。

 

 いま、荘本家の行く末を、関景は誰よりも気に病んでいた。


 






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