※ 第三章 ※

喜蝶と萬姜母子、慶央の街を歩く

061 関景と允陶、千松園で密談する・1



 

 青陵国・慶央の南を悠々と流れる江長川。

 江長川のほとり商港・研水のはずれに、その名を千松園という客桟がある。

 荘本家の傘下として、足に怪我を負った徐黄正が営んでいる客桟だ。


 小さな客桟だが、黄正の長男の高が料理人として調理場に立つようになると、江長川で獲れる魚料理が評判を呼ぶようになった。

 今では、徐高の作る料理を楽しみにした旅人の定宿となっている。

 一見客を泊めるのは、部屋が空いている時くらいだ。






 この日の昼少し過ぎて、荘本家の関景・允陶・魁堂鉄そして徐平の四人が、千松園を訪れた。

 

 老いてよりいっそう食べることに煩くなった関景は、徐高の作る料理をひいきにしている客の一人だった。

 手下の誰彼を誘っては、しょっちゅう食しに来ていたのだ。

 

 魁堂鉄は、関景のそばに侍るようになって五年。

 青陵国の西隣・越山国で軍営に就いていたが、すべてを捨てて慶央に流れてきた過去がある。その時の経緯を知るのは、博打場の用心棒としてすさんだ生活を送っていた彼を見つけた関景と、堂鉄自身の胸の中だけだ。


 歳は三十歳。

 何よりも人目を引くのは、彼の体の大きさだろう。

 背も高いが横幅もあり肌の色も浅黒く、まるで黒牛だ。

 彼の頭突きをまともに食らって立っていられる男は、中華大陸広しといえど、どこを探してもいないに違いない。


「大男、総身に知恵が廻り兼ねる」とは世間でよく言われていることだが、彼にもそういうところはある。

 愚鈍ではないが、相反する二つのことを同時に考えるのは苦手だ。

 それゆえに小賢しいところがなく義理堅い。


 徐平は、この千松園の次男だった。

 まだ十五歳の若者だ。

 関景とその手下たちを見ているうちに、荘本家に憧れを抱くようになった。


 父・黄正の許しを得て関景の手下となって、数か月。

 堂鉄の下で日々の鍛錬に励んでいる。

 若輩すぎて、允陶や関景のいる席に並んで座ることなどありえない立場だが、堂鉄も同席するのと千松園が実家であることで、今回、同行を許された。


 部屋の隅で神妙に畏まっている平を見て、「ほんの数か月前までは、聞き分けのない子どもであったのに……」と、父の黄正は感慨深く思ったことだろう。


 しかしながら、関景が允陶を伴うのは珍しいことだった。






「允陶よ。

 おまえから荘興の意向を聞かされた時は、正直、自分の耳を疑った。

 まさかこの日が来るとはな……」


 允陶に注がれた酒を口に含みながら、関景は言った。


「それにしても長い五年だった。

 英卓が慶央を飛び出した時はまだ十五歳の小僧だった。

 二十歳となった今では、当時の面影は、その顔にないやもしれんな」


 卓上に料理と酒が並べられたあと、関景は亭主の徐黄正に言った。

「少々、込み入った話があるゆえに、ここには誰も近づけるな」


 客桟の名前の由来となった庭の松の枝を、秋の終わりの風が吹き抜ける。

 静寂そのものだ。

 昼間の千松園の離れ座敷は、密談するのにふさわしい。






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