060 萬姜、喜蝶部屋付きの下女となる・4



 三日後に、允陶に命じられて、萬姜の身元を調べに新開の町に行っていたものが帰ってきた。


 本人の言うとおりに、萬姜母子は新開に住んでいた。

 家は呉服屋であり、両親と夫が流行り病で相次いで死んだのも、その後に叔父夫婦に店をつぶされたのも、彼女の話のとおりだ。


 彼女は三人の子どもたちを連れて、隣近所の誰にも告げず町を出た。

 近所の者たちは、「相談があればなんとかしてやれたかも知れぬのに。この一年ほどのお姜さんは、まるで別人になったように家の中に籠っていて。気づいたら、店もなくなり、お姜さんたちもいなくなっていた」と、話した。


 萬姜の子どもは三人だが、一番上の梨佳は亡くなった姉の子で、引き取って我が子として育てている。

 人柄もよく賢い女であることを、訊いて回ったもの達は口を揃えて言った。


 その報告を聞いて允陶は満足した。

 そして、萬姜自身にも、命の恩人である喜蝶に仕えたいとの願望があることは間違いない。







 同じ日の夕刻、古物商の舜庭生が、允陶を訪ねてやってきた。


「喜蝶さまの喜ばれそうなものでも、また見つけたか?」

 允陶がそう訊くと、居住いを正した舜庭生は、懐から白い絹布で包まれたものを取り出しながら言った。

「允陶さまには、これをお探しではないかと思いまして……」


 絹布の中から現れたものを見て、允陶は「これは!」と思わず声をあげた。

 白玉で彫られた猫の置物だ。


「鬼子母神の縁日で飴を売っていた男が、荷車一台と交換した猫でございます。

 なんの縁か、また私の元に戻ってまいりました」


「確かに、これは私が求めた白玉の猫に間違いない。

 探しだしてくれたことをありがたく思う。

 買い戻すのにいくらかかった教えていただこう」


「いえ、私どもの商売は、お客様に確実に商品を手渡すこと。

 このような事情であっては、二度も、お代は受け取れません」


 允陶の動揺は一瞬のこと。

 彼は、まるで今日の天気の話題でもあるかのようにさりげなく言う。


「そうまでいうのであれば、今回は、その言葉に甘えさせてもらう。

 で、舜さん。金子の代わりに、何が望みなのか?」


「さすが、允陶さまでございます。見抜かれてしまいました。

 この庭生、若い時より、中華大陸に散らばる宝ものを誰よりも多く見てまいりました。

 宝といわれるものには、鼻が利き目が利くと自負しております。

 それゆえにぜひ、荘興さまが、允陶さまが、宝のごとく大切にされている喜蝶さまを、この目で見たいものでございます。

 喜蝶さまはたいそうお美しく、また奏でる笛の音は天界の調べとか」


「わかった……。

 いずれよい機会をみつけて、その願いを叶えると約束する」


 そうして、真珠を抱いた白い猫の置物は、再び允陶の手で、喜蝶の部屋の飾り台の上に戻されたのだった。



 







 

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