059 萬姜、喜蝶部屋付きの下女となる・3



 荘本家奥座敷にある少女の部屋の縁側。

  深まった秋の朝の陽だまりに少女を座らせて、萬姜は散切りとなっている真白い髪を切り揃えた。手鏡を持たせた嬉児は正面に座らせている。

 

「お嬢さまの髪はとてもきれいですね。

 わたくしが可愛らしく整えてさしあげます。

 そうしたら、お嬢さまの髪を見た皆がきっと、自分が白い髪でなかったことを残念に思うことでしょう」


 部屋では、梨佳が散らばった喜蝶の衣装を畳み、長持ちに仕舞っていた。


 大きな長持ちに二つに、喜蝶の衣装は詰まっている。

 初めは、女の着物のことなど何もわからない荘興が呉服商・彩楽堂の主人の言いなりに誂え、その後は、美しい着物を着ようとしない少女に意地になった彩楽堂が、「喜んでいただける着物が出来るまで、代金は受け取れません」と言って持ち込んできたものだ。

 

 どのように美しい衣装でも、本人がそれを着たがらないのであればどうしようもない。


「ええ、あれらの着物はそのままでは似合わないと思いますよ。

 そのうちに、わたくしがお嬢さまに似合うように、直して差し上げましょう」


 呉服屋に生まれ育ったせいか、萬姜には衣装の見立てに才能がある。

 それを見抜いた父親が彼女を積極的に店に出した。

 夫を迎えてもそれは変わらなかった。

「お姜ちゃんに、ちょっと見立ててもらいたくてね」と、彼女を名指しする客もいた。


 そして彼女は手先も器用だったので、自分でも着物を縫った。

「似合わなくなったので、最近、着られなくて困っている」という客の持ち込んでくる着物を、彼女が工夫して縫い直すと、再びそれは客によく似合うものに姿を変える。


 また、あまり布で巾着を縫ったり髪飾りも作ったりした。

 それらを店の隅の棚に並べておくと、萬姜に着物を見立ててもらった客がついでにということで買ってくれる。


 彼女のすることは、店の売り上げから見るとたいした金額にはならなかったが、店の活気には役に立った。

 何よりも三人の子どもを育てる楽しみと共に、彼女自身の生き甲斐ともなった。


 少女の髪を整え終わった萬姜は立ち上がり、長持ちの横にある平たく大きな木箱を覗く。その中には贅を凝らした美しい髪飾りがずらりと並んでいる。

 彼女はその中でも一番小さな赤い髪飾りを選んだ。


 そして、少女の短い髪の毛を集めて、かろうじて頭のてっぺんに結った小さな髷の根元に、それを挿す。


「よくお似合いですよ。

 さあ、それでは着替えましょうね」







 その言葉に素直に従った少女の寝衣の前紐を解き、打ち合わせた襟をはだけようとして、少女に話しかけていた彼女の口と動いていた手が止まった。


 少女の白い首筋の下の胸元に、赤い痣がある。

 その形に、一年前には夫のいた身である萬姜には見覚えがある。

 男が愛しい女にその口で、印としてつける痣。


 允陶が言った「宗主の大切な客人」の意味が、いま理解できた。

 少女が一人で屋敷を出た理由も。

 そして、野垂れ死に寸前の自分たちのために、再び屋敷に戻ることを決めた少女の慈悲の心にも。


 少女の足元に萬姜は平伏すると、感謝の想いを込めて深々と頭を下げた。

 









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