057 萬姜、喜蝶部屋付きの下女となる・1



萬姜とその三人の子ども達にとって、久しぶりの柔らかい布団の中での目覚めであり、湯気の立つ温かい朝食だった。そして四人には、質素なものではあるが新しい着物も用意された。


十歳の範連が妹の六歳の嬉児の手を取ったまま、向かい合って座っている。

屋敷の様子が気になってしようがない妹を、落ち着かせるためだ。


そうしておいて、萬姜は範連の後ろに梨佳は嬉児の後ろに立ち、二人の髪を念入りに櫛で梳かし、髷を結い整えてやっていた。


 部屋から飛び出したい気持ちを抑えて、嬉児が言う。

「お母ちゃん、広いお家ね。

 喜蝶おねえちゃんは、どこにいるの?」


「喜蝶さまには、そのうちきっとお会いできると思いますよ。

 ほらほら、頭を動かさないで。じっとしてなさい」


 さすがに十歳となると、範連はこれからの不安を口にした。

「お母さま、ここにいつまでいることができるのでしょう?」


「そういうことは、あなたが心配しなくてもいいのですよ」


そして母子四人の身支度が整え終わったころを見計らったように、允陶がやってきた。







「萬姜さん、長旅の疲れが、少しはとれていればよいが。

 必要なものがあれば、遠慮なく言って欲しい」


 慌てて平伏した萬姜は言った。

「もったいないお言葉でございます。

 このように気をつかっていただき、お礼の言葉もありません」


「いやいや、そのように堅苦しくならなくともよい。

 実を言うと、このように早朝から来たのは……。

 萬姜さんに頼みごとがあってのこと」


「まあ、わたくしにできることでしたら、何でもいたします。

 それから、さんづけはもったいなく思います。 萬姜とお呼びください」」


「では、萬姜。

 昨夕より、喜蝶さまのお世話をする下女を新しいものたちに替えたのだが。

 喜蝶さまは、どうやら、その二人がお気に召さないご様子。

 朝食も召し上がらず、着替えもなさらずで、困っているらしい。

 萬姜は、小さい人の扱いにも慣れているように思われるので、喜蝶さまの様子を見てもらえないだろうか?」


 その言葉に萬姜の顔が明るく輝いた。

 彼女の心根は優しく、子どもと関わることが好きなのだ。


「わたくしに何が出来るかわかりませんが、お嬢さまのお部屋にお伺いいたします。

 梨佳と嬉児も一緒でかまいませんでしょうか?」


 允陶と萬姜は同時に、部屋の隅に固まった三人の子ども達を振り返る。

 梨佳の後ろに隠れた嬉児はそれでも顔だけは覗かせている。

 範連は男の意地を見せているのか、允陶の視線から目を逸らさない。


「おお、それがよかろうと思う。

 しかし、範連は十歳とはいえ男であるので、奥の出入りは遠慮してもらう」


「それは当然でございます。

 しかし、遊ばせておくわけにもまいりません。

 範連にも、何か仕事を与えてもらえば、嬉しく思います」


「そうだな、水汲みか薪割りのような仕事であればあると思うが。

 範連、出来るか?」


 範連は大きく頷いた。

 その様子を見たあと、萬姜が小首を傾げて允陶に訊ねた。


「允陶さま、差し出がましいことをお尋ねいたしますが。

 喜蝶さまは、荘興さまのお嬢さまではないのでございますか?

 昨日、そのような印象を受けました」


「喜蝶さまは……。

 喜蝶さまは、宗主の大切な客人だ」





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