050 萬姜、再会門の下で真白い髪の少女と出会う ・6




「お兄ちゃん!」


 妹の嬉児が叫んで、人混みをかき分けて駆け寄ってくる。

 その後ろに笠を被った少女が続いた。


 しかし、飴売りが根負けするまで何度も頼むのだと、心を決めて範連は立ち上がった。転がった時に口の中を切ったのか、血の味がする。


「今度は、ガキが三人も揃いやがって!

 もっと痛い目にあいたいと見える」


 飴売りが再び範連に手を挙げようとした時、少女がその間に割って入った。

 彼女は頭陀袋の中に手を入れた。

 そして、次に手を出した時は、小さい白い石を持っていた。


「そんな石ころと、大事な荷車とを、交換せよとでもいうのか。

 とんでもねえ……」


 初めは威勢のよかった飴売りの声がだんだんと小さくなった。

 石ころとしか思えなかったものが美しく輝いたのを、彼は見た。


「うん? 

 ちょっと見せてみな」


 取り上げたそれは子猫の形に彫られた白い玉石で、前足を毬にかけている。


 男は唾をつけた指でその毬をこすった。

 それから真上にある陽にかざした。

 陽の光を受けて、毬は淡い七色の虹を浮かべて輝く。


「たまげた、でかい真珠じゃないか……」


 男は自分の声の大きさに首をすくめ、慌ててその猫の像を懐にしまった。


「しようがねえなあ、荷車を持っていきな。

 そんで、その荷車は返さなくてもいいからな。

 その代り、おれが頂いたものも返さないからな」 


 そして、売り物の飴を一つ手に取ると喜蝶の手に握らせた。

「これはおまけだ」と言う。

 すかさず、横から嬉児も手を出す。


「ほんとに、揃いも揃って、なんていう欲深いガキどもだ。

 ほいよ、お嬢ちゃん、この飴もおまけだ。

 その代り、もう戻ってくるなよ」






 しっかりと手をつなぎ、空いた片手には飴を持った少女と嬉児が、先頭を歩く。


 その後ろに母親の萬姜を載せた荷車が続いた。

 荷車の前を範連が曳いて、後ろを梨佳が押す。


 途中で、喜蝶を探すために馬を走らせている荘本家のものたちとすれ違った。


 しかし彼らは、少女には気づかずに通り過ぎていった。

 宗主が掌中の珠のように大切にしている美しい少女が、小汚い母子連れと飴を舐めながら歩いているとは、誰に想像が出来ようか。


 鬼子母神の縁日を出た時には真上にあった秋の終わりの陽が、荘本家の屋敷の前に着いた時にはかなり傾いていた。


 ……まあ、なんと! 

   これがお嬢ちゃんの家なのかい?

   山の半分を高い塀で囲んでいるじゃないか……


 荷車の上で萬姜が驚いていると、嬉児とつないでいた手を離した少女が、門番の一人にすたすたと近づいていった。


「ここはお前たちのようなものが来るところではない」


 そう言った門番に、彼女は「ソ・ウ・コ・ウ」と、呟いた。


 あっけにとられて無言の門番に、彼女はもう一歩詰め寄り、今度は先ほどより大きな声で「ソ・ウ・コ・ウ」と言った。


「こいつめ、宗主の名前を呼び捨てにしやがって。

 子どもでも、容赦はせんぞ」


 打ちのめしてやると、構えていた槍が振り上げられる。

 少女はひらりと身をかわすと、被っていた破れ笠を取って地面に投げ捨てた。

 

 美しい顔が露わになる。

 そしてその露わになった顔の上に、真白い短い髪がはらりと被さる。

 その光景に、門番も萬姜母子も驚きで声も出ない。


 少女は仁王立ちとなり、声の限りに叫んだ。


「ソ・ウ・コ・ウ!」


 



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