049 萬姜、再会門の下で真白い髪の少女と出会う ・5



 梨佳・範連・嬉児の三人は、母の横に座る。

 そして、それぞれの自分の手の上に乗せられたものに齧りついた。


 耐えかねる空腹と焦りで、食べものを口に運ぶ彼らの垢で汚れた指が、ぶるぶると震える。しかし、十七歳の梨佳にはまだ考える余裕があったようで、「お母さまも召し上がってください」と言った。


「ありがとう。

 でも、私の心配はしなくていいよ。おまえたちでお食べ。

 ただ、喉に詰めてはいけないから、ゆっくりと食べなさい。

 ほらほら、嬉児、竹筒の水を飲んで……」


 一人当たり、一つずつ饅頭とゆで玉子と数個の焼き栗だった。

 それらは、あっというまに三人の胃袋の中に消えてしまった。


 瞬きもせず、その様子を金茶色の目で見守っていた少女が、言った。


「タ・ベ・モ・ノ」

 四人の視線がいっせいに少女を見上げる。

「タ・ベ・モ・ノ」

 同じ言葉を繰り返すと、少女は参道を下った方向を指さす。



 嬉児が少女の言葉を訳す。

 少女のたどたどしい言葉は、子どもの嬉児にはすんなりと通じるようだ。


「お母ちゃん。

 喜蝶お姉ちゃんが、おうちに戻るって。

 そこには食べものがたくさんあるって。

 一緒に行こうって言っているよ」


 少女はにっこりと笑い、嬉児に手を差し出した。

 差し出された手にすがって嬉児が立ち上がると、梨佳と範連も立ち上がる。

 そして、まだ座り込んでいる母親を振り返った。


 萬姜は座り込んだままだ。

 自分の顔は泣いているのか笑っているのか、彼女自身にもわからなかった。


「残念なことに、私は、もう立てないし、歩けないみたいだね。

 おまえたちだけで、お嬢ちゃんの家に連れて行ってもらいなさい」


「お母さま、それはできません。

 自分が背負います」


 範連は言った。

 しかし、十歳の少年の痩せた背中とふらつく足では、それが無理なのは試して見なくても明らかだった。


 母がゆっくりと頭を横に振るのを見て、諦めきれない範連は周囲を見渡した。

 「あの露店の荷車を借りましょう!」


 範連が見やった先では、飴売りが客の呼び込みの真っ最中だ。


 飴売りは、薄く伸ばした飴で花や動物の形を作り、竹箸に刺して売っている。

 客が並んでいない時は、売れ筋を適当に作って板の上に並べ、口上を述べて客引きするのだ。


 そして、彼の後ろには、商売道具を運ぶための荷車が立てかけてあった。


 それは持ち主の顔に似て、長年の風雨にさらされて黒ずんでいた。

 車輪にいたっては、その出ばった歯と同じく、あちこちが欠けてぼろぼろだ。






 

「大事な商売道具を、見も知らぬ他人に貸せるものか!」


 そんな荷車でも、飴売りは貸し惜しんで、範連に声を荒げて言った。

 それでもと食い下がる少年に、露天商は手をあげた。


「あとで返すだと? 

 馬鹿を言うんじゃない。

 そんなところに立っていられたら、商いの邪魔だ、邪魔だ」


 範連は突き飛ばされて転がった。

 行きかう人々は、めんどうごとに巻き込まれたくないとばかりに、さっと遠のく。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る