048 萬姜、再会門の下で真白い髪の少女と出会う ・4



 嬉児が何事かを話しかけ、それに応えて、少女の被った笠が上下に揺れる。

 それまでつかず離れずの距離を保っていた男が、慌てて数歩、少女の背後に近づいた。


 途切れた人の流れの向こうにその様子を見て、萬姜は範連に言った。


「今度は、おまえの出番だよ。

 妹が話しかけているあの人に、『どこに行ってしまったかと思ったよ。お母様が心配しているじゃないか』って言いなさい。

 そしてここに連れておいで。

 絶対に、あの人を怖がらせてはいけないよ」


 少年の痩せた背中を見送りながら、萬姜は思った。


 ……自分と三人の子どもの身でさえ危ういというのに。

   このうえにまた一人増やしてしまって。

   あたしって、何をしているのだか……






 範連に手を引かれた少女を見あげて、萬姜は言った。


「なんとまあ、可愛らしいお嬢ちゃんだこと……」


 彼女は歩き過ぎて足を痛めたのと目を回すような空腹で、再会門の柱に背をあずけて座り込んでいた。

 ここで座り込んだら二度と立ち上がれない気がする。

 しかし、いまはそんなことを考えてもしようがない。


 少女の後をつけていた男は、嬉児だけでなく範連まで現れて、騒ぎを起こすのは得策でないと考えて諦めたようだ。

 ぴらぴらした着物の肩を揺らしながら、人混みの中に消えて行った。


「こんなところを一人で歩いてはいけないよ。

 世間には、悪いことを企んでいる者がいっぱいいるのだからね。

 気をつけなくては。

 まずは、お嬢ちゃんの名前を教えてもらおうかねえ」


「喜蝶お姉ちゃんだよ。

 喜蝶お姉ちゃんは、上手に話せないみたい」


 嬉児が代わって答える。

 喜蝶と言われた少女は、その言葉に大きく頷く。


「おや、言葉が不自由なのかい?

 それじゃあ、なおさらのこと、親御さんは心配しているだろうに。

 探してあげたいのだけど、見ての通り、私たちも役に立てる状態ではなくてね。

 さて、どうしたものか」


 そこまで言って、やっと自分の身を振り返る余裕が出来たようだ。

 こんな状態にあっても体は正直だった。

 胃の腑がきゅうと音を立てて縮んだ。


 美味しそうな肉汁の匂いが、鼻孔をくすぐる。

 それは目の前に立つ少女の肩からかけた頭陀袋の中から漂ってくるのだと、彼女は気がついた。


 ……あらま、嬉児がこのお嬢ちゃんの着物の裾を握って離さないのは、この匂いのせいもあるんだねえ……


 そう思って見やると、梨佳も範連の目も、少女の頭陀袋に釘づけになっている。


 ……困った子たちだこと。

   そういう私だって、この匂いに、お腹まで鳴らしたのだから。

   叱るわけにもいかない……


 母子四人の視線がいっせいに自分の頭陀袋に注がれていることに、少女は気づいた。おもむろに袋の蓋を開けて、中から布に包んだ饅頭を取り出す。


 よい匂いの元は、この饅頭の中に挟まれた挽肉だ。

 少女はその布包みを嬉児の小さな手の上に乗せる。

 そして、次に取り出した茹でた玉子三つを範連の手の上に、そして最後に、一掴みの焼き栗を梨佳の手の上に乗せた。


「お嬢ちゃん、こんなことをしてはいけないよ。

 お嬢ちゃんの食べる分がなくなってしまうだろうに」


 少女の被った破れ笠が大きく横に動く。

 それが合図だった。



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