046 萬姜、再会門の下で真白い髪の少女と出会う ・2




 母子四人とも、数日前より水以外は口にしていない。


 懐の巾着の中に残っていたわずかな最後の銭は、先ほど、鬼子母神の祠への賽銭として使い果たした。


 残ったわずかな銭で食べものを買ったところで、それを誰が食べるのか。

 子どもたちはそれぞれに遠慮しあうことだろう。

 その姿を見るのかと思うと、母親としてあまりにも不甲斐なく切なかった。


 彼女の家は慶央の北・新開の町で三代続いた呉服商だった。

 宮中や豪商相手の商いではなかったが、それなりに手堅く商っていた。

 生活に困ることはなかった。


 姉の亡きあと萬姜は入り婿を迎えたが、夫となった人も勤勉で優しい人だった。


 悲劇は、昨年の春に突然に起きた。


 両親と夫が流行り病で、寝込む間もなくあっというまに死んでしまったのだ。

 父母と夫を失った店に、叔父夫婦が乗り込んできた。 


 姪の窮状を見かねてというのが彼らの口実だった。

 しかし、彼らの手で店が潰されるのに一年もかからなかった。

 すべてを売り払った叔父夫婦は夜逃げし、そして萬姜たちも住む家を失ったのだ。


 叔父夫婦に取り上げられなかったものを売って、わずかな銭を作った。

 そして、遠い親戚をあてにして慶央の町に来たのだが、世間は甘くはない。


 親戚には、慰めの言葉だけで体よく追い払われた。

 そのまま通りに出て、何やら賑やかな人の流れに乗った。

 そのまま、ここまで来てしまったのだ。






 そのような事情で、今夜の自分の死に方を考え、三人の子どもたちの行く末に想いを馳せている萬姜だった。

 だが、もう一つ気になってしかたのないことがある。


 破れ笠を目深にかぶった小さな人のことだ。

 その人は、山門の陰に座り込んでいる萬姜母子の前を、先ほどから行きつ戻りつしては、しげしげと露店を眺めていた。


 このような賑わいがよほど珍しいのだろうか。

 立ち止まっては破れ笠の隙間から一つ一つの露店を眺めるさまは、傍目に見ていて微笑ましい。

 しかし、その小さな人の傍らには、親兄弟らしきものはいない。


 ……笠で顔を隠してはいるけれど、あれはどう見たって、少女。

   この私の目は騙せない…… 


 小さな人の細いがしなやかな体つきを見て、萬姜は呟いた。


 三人の子どもを育てた経験もあるが、彼女は呉服商の家に生まれ育った。

 衣装を誂えてはそれを身に纏う、多くの老若男女を見ている。


 『馬子にも衣裳』という言葉も言い当てた言葉だ。

 だが、人の本質は着るものでは誤魔化せないということも、長年の経験で知っている。


 ……背の高さからすると、十二歳か十三歳くらいか。

   まだ大人になりきれていない少女……


 継が当たった粗末な着物でありながら、垢じみてはいない。

 そして優雅な立ち姿。


 あの少女はどういう暮らしをしていたのかと想像し始めると、彼女は、自分が死ぬ方法を考えていたことなど忘れていた。


 そしてまた、その小さな人の後ろをつかず離れずについて歩いている、男がいた。あの様子は、どう見ても小さな人の連れではないだろう。

 



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