045 萬姜、再会門の下で真白い髪の少女と出会う ・1



 慶央の東南、悠々と流れる江長川との間に位置する小高い山の麓に、鬼子母神像を祀った小さな祠がある。


 鬼子母神は、我が子を育てるために、人の子をさらって食べた。

 しかしその後、釈迦の教えに帰依し、人の安産と子育てを見守る女神となった。


 祠の中の石像は長年の風化で彫りが丸くなっていたが、豊満な肉体を持ちその眼差しは優しい。


 長年、近隣の信仰の対象でしかなかったが、二百年前、その鬼子母神像に我が子との再会を願って願をかけた人がいた。


 その人は戦火で、幼い我が子とはぐれた。


 それで我が子の名前を書いた紙を祠に貼り、再会を願って、鬼子母神像に一心に願掛けした。その甲斐があって、数年後に、遠く離れた地で他人の子どもとして育てられていた我が子と逢えたのだ。


 その人はそのことをたいそう喜んだ。


 そして鬼子母神へのお礼として、祠へと通じる道の入り口に、反り返った三重の屋根もみごとな山門を建てて寄進したのだ。


 そしてそれからまた百年が経った。

 鬼子母神への願掛けで、逢いたい人に逢えたという人が、また現れた。

 そして、再び立派な山門が建てられて寄進された。


 そのために小さな祠には似合わぬ立派な山門が二つになった。


 それぞれの山門には正式な名前があったが、人々は二つまとめて〈再会門〉と呼んだ。そして、安産と子育ての祈願はもちろんのこと、再会の縁にあやかりたい人で、年々、参拝する人が増えた。

 今では月に一度の縁日には、にぎやかに市も立つ。


 しかし鬼子母神の縁日に集まるのは、安産と健やかな子育て、そして再会を願う善男善女だけではない。


 住む家を離れ行き場所をなくした人たちも、流れに流れて集まってくる。

 自分を救ってくれるかもしれぬ人と出会えるかもしれないという、〈再会門〉のご加護にすがるのだ。


 しかしそのように幸運な人は滅多にいない。

 ここまでたどり着いたものの野垂れ死ぬか、まだ体力の残っているものは、少し南に歩いて江長川に身投げするしかなかった。







 慶央から遠く離れて北にある新開の町からほうほうの体でここにたどり着いた萬姜も、自分を救ってくれる人と逢えぬ不幸な運命だった。

 彼女は〈再会門〉の陰に座り込んで露店の賑わいを見やりながら、今夜の自分の身の始末に思いを馳せていた。


 枝ぶりのよい木の枝を探しての縊死か。

 夜陰に紛れての江長川での身投げか。


 彼女がなかなかに結論をだせないのは、彼女の横にはその思いを知ってか知らずか、不安げに母親を見守る三人の子どもたちがいるからだ。


 長女の梨佳りけいは十七歳。

 正確には、難産の末に死んでしまった姉の忘れ形見だ。

 萬姜は姉に代わって、母親となって育ててきた。


 そして、実子の長男の範連はんれんは十歳。

 なかなかに利発な男の子だ。

 末子の女の子の嬉児きじは、まだ六歳と幼い。


 命を絶つのは自分だけでもよいとも考える。


 しかし、残された梨佳と嬉児が人買いに売られて苦界に身を沈めるのは、火を見るよりも明らかなこと。


 であれば、せめて男の子の範連だけでも助けてやりたいと思う。

 だが、彼は家族思いの優しい子だ。

 自分だけが助かれば、おのれを責めてその一生を生きることだろう。



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