043 荘興、怒りに我を忘れる・1



「荘興よ。その歳で、色に呆けたか。

 たかが小娘の一人がいなくなったくらいで、皆を集めるとは」


 満座の席に一人遅れてきた関景はどさりと座ると、開口一番、言い放った。


「小娘の替わりなどいくらでもいるだろうが。

 よければ、わしが見つけてきてやってもよいぞ。

 おまえのほどの立場であれば、側女そばめの何人かはいて当たり前だ。

 色の白いのも、子どものように若いのも、選り取り見取りだ。

 さすが、髪が真白いのは難しいが……」


 そう言いながら、鬢にも髭にも白いものが混じり始めた荘興の顔をじろじろと見る。


 英雄色を好むというが、荘興は正妻の李香以外の女を娶っていない。

 それで、男の子どもは健敬と康記の二人しかいない。

 子を生むたびに難産に苦しみ、その後体調を崩していった李香を哀れに思ったのか。荘本家を立ち上げる時に世話になった、泗水の外戚に遠慮があるのか。


 いや、若い時に一度だけ、その美しさにさすがの荘興も心を動かされて囲った女がいた。


 遠く西国から売られてきた、青陵国では珍しく顔の彫りが深く色の白い美しい女だった。

 しかし、美しいには美しかったが、もとは宮女であったとかで、気位が高かった。男の子を生んだが、その数年後、最期まで荘興に心を許すことなく、生まれ故郷を懐かしがって死んだ。


 その男の子も、十五歳で慶央を出奔して、いまはどこでどうしているのか。


 長男の健敬は穏やかな性質であったが、末子として甘やかされて育った次男の康記は、手がつけられないほどに我が儘になった。

 そして、泗水から来て本宅に住み着いてしまった、陰で<毒蛇>とまであだ名される、李香の腹違いの弟・園剋がいる。


 荘本家の将来を誰よりも心配する関景にとって、荘興の女の絡む話は側女を囲う囲わないの問題ではない。

 根は深く、荘本家の跡目争いが絡んでいる。

 だから、関景の言葉はいつになく厳しいのだ。

 

「その喜蝶とかいう小娘は自ら出て行ったのであろう?

 ならば、往来で馬に蹴られようが、人買いにさらわれようが、自業自得というものだ」


 いつもは荘本家の問題に口を挟むことのない永但州が言った。


「それは、関景さん、ちょっと言い過ぎだ。

 この一か月見守ってきたが、言葉が不自由という可哀そうなこともあるが、あのお嬢さんは健気で心根の優しい子だ。

 でなければ、あれほどの美しい音色の笛を吹くことが出来る訳がない。

 そうは思わぬか、允陶?」


 永但州より話を振られた允陶が答える。


「喜蝶さまは、その姿形も美しいが、その吹く笛の音もまことに美しい。

 その音を楽しみに、屋敷のもの達はもちろんのこと、今では、塀外にも町人たちが集まると聞いております。

 もし喜蝶さまの身に何かあれば、か弱いものを知っていて見捨てたと、荘本家は人々のそしりを受けることとなりましょう」


「この、荘興の腰巾着が。

 うまいこと言いおって……」


 可愛らしい顔で荘興をたぶらかしたという憎さはある。

 しかし、関景自身も時おり漏れ聴く少女の笛の音に耳を傾けていたこともあったので、それ以上は強くは言えない。



 


 

 


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