042 真白い髪の少女、荘興の屋敷より消える・6



 来た時にはいた父親が、帰る時にはいないことを咎められるか……。

 

 大慌てで荷車を曳きながら、それでも可宣はちらりと門番を盗み見た。

 しかし、奥の騒ぎが気になっている門番は、青物を積んだ荷車のことなど気にしていない様子。


 その時、急に、曳いている荷車が軽くなった。

 肩越しに振り返ると、青菜の山の向こうに見慣れた父親の汚い笠が見える。

 俯いた顔は笠の陰だが、力を込めて荷車を押している様子だ。


……親父め、心配させやがって。

  近ごろ、めっきり呆けてきたと思っていたのに。

  案外と、まともじゃないか……






 可宣が曳き喜蝶が押す<青善>の荷車は、荘本家の裏門から大通りに出た。


 大通りは、朝を少し過ぎた時間であるのに人で溢れていた。

 なぜか、皆が同じ方向を目指して歩いている。

 家族連れが多い。

 連れだって急ぐこともなく談笑しながら歩く姿は、その先に何か楽しいことがあるのだと思わせた。

 

 広い四つ角にさしかかった。


 人の流れは左手の角へと折れているが、荷車はまっすぐに進むようだ。

 青物を積んだ荷車を押していた少女は、明るく華やいだ人の流れていく方向が気になった。

 それで荷車より手を離すと、そのまま人の流れに乗って角を曲がる。


 曳いていた荷車が、今度は急に重くなった。

 可宣は足を止め、振り返った。

 父親の笠が見えない。


……こりゃ、大変だ!

  いつになく力を込めて押しているとは思ったが。

  親父のやつ、ぶっ倒れたか!……


 荷車を止めて、後ろに回る。

 しかし、そこには父親の姿も影もない。


 可宣は荷車の下を覗き込み、下敷きになっていないことを確かめる。

 それから、背伸びして、大通りを見渡した。


 人の流れの中に、父親のとよく似た汚い笠が見えた。

 しかし、そのものの足取りは弾むように軽い。

 そもそも、ちらりと見えた後ろ姿の着物が違う。


……神隠しにあったのか?……

 

 可宣は嘆息して、空を仰いだ。

 頭上は、雲一つない晴れ渡った秋の空だ。






 こうして誰に見とがめられることなく、真白い髪の少女は荘本家の屋敷を抜け出した。


 綿密な計画の元にというのではない。

 その一つ一つの企ては、その時その時に思いついたことだ。

 すべてが上手く絡んだ結果だった。


 肩からかけた頭陀袋を、上から軽くたたく。

 その中には、今朝、厨房の親切な女が、「喜蝶ちゃん、欲しいだけ持っていきな」と言いながら手渡してくれた、蒸し饅頭が三つとゆで卵も三つ。

 それから、焼き栗も一掴み。


 そして、白い玉石で彫られた小さな猫の小さな置物。


 破れ笠の隙間から、往来を覗き見る。

 屋敷の門の内から眺めるしかなかった家並みが目の前に広がる。

 行きかう人の肌の色は浅黒く、目鼻立ちは扁平で優しげだ。


 少女は往来の真ん中で立ち止まり、大きく息を吸い込んで雑踏の雰囲気を味わった。そして人の流れのままに、再び、歩き始める。








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