032 允陶、喜蝶に心をよせる・1



 翌日、さっそくに、允陶は古物商の舜庭生を訪ねた。


 店といっても、見かけは瀟洒な作りの普通の屋敷と変わりない。

 舜庭生は、客に商品を見せて売るのではない。

 客の注文を口頭で聞き、それがどこにあるかを推測し、手に入れるべく手配する。もしくは、それを作る職人を見極める。


 荘本家を奥のことをこまごまと仕切る允陶だった。

 本宅に住む荘興の正妻・李香の部屋や身を飾る品々。

 そして、慶央に赴任してきた役人の挨拶としての品々。

 それらを、庭生に任せて調達してきた。


 そしてまた、高価な古物の売買には、やっかいごとが多々起きる。

 手荒いことも辞さず頼まれごとを解決する荘本家と庭生は、長年、お互いに持ちつ持たれつの関係でもあった。






 允陶を座敷に招き入れた舜 庭生は、茶を勧めながら言った。


「彩楽堂にお着物を注文されたと聞き、わたくしどもの店にもいつお越しいただけるのかと、お待ちしておりました」


 察しのいい庭生は、允陶の来訪の目的をすでに見抜いていた。

 シミの浮いた顔、結うほどの髪もないために、頭には頭巾をかぶっている。

 好々爺のごとく顔は笑っているが、垂れた瞼の下の眼は鋭い。


 失火で焼けることなく允陶が実家の米問屋を継いでいたならば、決して出会うことのない類いの老人だ。

 

「すでに聞き及びであれば、話は早い。

 宗主が、喜蝶さまをお慰めする玩具の類いをお求めだ」


「喜蝶さまのお年頃であれば……。


 下々のものであれば、身を飾ることに夢中になり、買い物や芝居を愉しみ、お喋りに花を咲かせ笑い転げて暮らしておりましょう。

 よいご身分であれば、そろそろ嫁ぎ先が決まり、修養にお忙しい日々かと。


 さて、荘興さまは喜蝶さまにどちらをお望みでしょうか?」

 

 暗に、少女の立場は荘興の娘なのか愛妾なのかと、訊いている。


「そのようなことに答える気はない」


「これは、勘ぐったことをお尋ねしてしまいました。

 お忘れください。

 彩楽堂の主人とも相談しながら、喜蝶さまをお慰めする品々を探し、お納め致します」






 極上の茶を呑み干しいとまを告げて、允陶は立ち上がった。

 そして、床の間の違い棚の上に置かれていた置物に目が留まった。

 ふと、手が伸びる。


 美しい白玉はくぎょくで彫られた、掌に収まるほどの小さな子猫だ。

 三角の小さな耳を立て、しなやかで細く長い尻尾を背に載せ、前足を毬に見立てた大粒の真珠に掛けている。

 その愛らしさが、真白い髪の少女と重なった。


「お気に召されましたか?

 ここよりずっと南の国の王妃の墓にあったものと聞いております」


 その言葉に、允陶は子猫の像を元に戻そうとした。

 とてもではないが、彼の給金で買える代物ではない。

 しかし庭生がその手を押しとどめた。


「こういうものの値は、あるようでいて無いのも同然。

 本当に必要とされる人の元にあってこそ、価値が生まれるというもの。

 お代は、允陶さまの言い値で結構でございます」


 そして彼は言葉を続けた。


「荘興さまは、宝玉にも南海の真珠にも増す<宝>を手入れられたご様子。

 この歳になりましてもこの庭生、男として、羨ましい限りでございます」

 




 

 

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