※ 第二章 ※

荘興、喜蝶を屋敷に住まわせる

029 荘興、喜蝶を屋敷に住まわせる・1



 人の噂は一日に千里を走るという。


 荘興がついに<真白い髪の少女>を見つけた。

 抱えるようにして馬の前に乗せて、荘本家の根城である荘本家屋敷に連れ戻った。研水から慶央の街道筋で、すでに知らぬ者はいないだろう。

 

 

 


 喜蝶と呼ばれる少女は、寝台に伏せたままだ。

 趙藍・蘆信と別れたためであれば、しばらくは様子を見るしかない。

 荘興は、長年の友である医師の永但州を呼んで、診察させた。


「おお、これは、なんと愛らしいお人であることよ……」


 寝台に伏せる喜蝶を見て、但州もまた千松園の亭主が彼女を初めて見た時に言ったのと同じ言葉を発した。


「お嬢さん、私は医師だ。少し見させてもらうよ」


 少女の頬に手をかけこちらへと仰向ける。

 その頬の滑らかな手触りに驚き、頬から顎そして首へと伸びた白い肌に指を滑らせたい衝動にうろたえた。


 瞼を裏返してその色を見る。

 そして、力なく投げ出されていた少女の手をとり、脈をとる。


 彼もまた、荘興が長年、<真白い髪の少女>を探し求めていることは知っていた。


 しかしながら、そのような少女が本当にいるのかどうか。

 荘本家の猛者たちの間で、面白半分の賭けとなったこともある。


 彼もいくばくかのの金を賭けたはずだ。

 今となっては、自分がどちらに賭けたのか、いくら賭けたのかも憶えていない。

 まして胴元が誰であったのか。

 その時、彼も荘興もまだ三十歳にはなっていなかった。


 刎頸の友と自負しあう間柄であっても、<真白い髪の少女>については、荘興は口が堅かった。


 〈真白い髪の少女〉が絡んだよほどのことがあったのか。

 そしてその想いは、荘本家を構える強い動機にもなったのだろうと、想像するしかない。


 それでも、友の秘密に触れることが出来ない苛立ちはある。

 酒が入れば、憎まれ口を叩く。


「興よ、おまえもたいがいに人を殺めてきただろう。

 ろくな死に方は出来んだろうな。

 まあどうなっても、わしが最期には死に水をとってやるから、安心せよ」


 しかし、荘興もまた言い返すのだ。


「但州よ、奪った命といえば、おまえのほうが多い。

 助かる命を、誤診で何人死なせた?」






 ……ついに友は、長年探し求めた心奪われた<宝>を手に入れたのか。

   彼と荘本家のこれからに、吉となるか、凶となるか……


 永 但州は友を心配しつつも、彼が医師という職業を選ぶことになった、その気質の源でもある好奇心もまた覚えた。


「これは、気鬱の病だな。

 数日、このままで様子を見るしかない。

 もともとの体は丈夫そうだ。心配することはなかろう」


 但州の診立てに、荘興は頷いた。

 そして、振り返ると、部屋の隅でかしこまっていた家令の允陶に命じた。


「喜蝶さまには、部屋付きの下女がいる。

 允陶、早急に相応しい女を探せ」


 允陶が答える。

「一人、心当たりがございます。

 貞珂という子持ちの女でございますれば……」


 まだ三十歳でありながら、この屋敷のことで、彼に仕切れないことはない。






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