028 趙藍と蘆信、異国の空の下に死す・その2

 


「姉上、まずは今夜の宿を探しましょう。

 それから今後のことを話し合いたく思います。

 今回の姉上の判断、なんと言われても、おれは承服できません」


 その時、繁みの中からばらばらと現れたものがあった。

 全員が武具を身に纏い、刀を提げている。

 すでに鞘から抜き払ったものもいて、鈍く銀色の光を放っている。


 総勢、七人から八人。

 追剥や山賊の類ではないことはすぐにわかった。

 そう思って落ち着いて見れば、千松園の二階で見た顔がいくつかある。


 姉を背にして、蘆信も剣を抜き鞘を捨てた。

 蘆信の後ろで、趙藍も帯に挟んでいた短剣を取り出し構えた気配がする。

 彼は目の前の賊にも聞こえるよう大きな声で叫んだ。


「姉上、だから言ったではないか。

 荘興という男は、胡散臭いうえに卑怯者でもある!」


 こうなれば、姉を守りつつ、道連れに何人を切り殺せるかだ。

 賊の一人が一歩前に進んで、朗々とした声で言った。


「我らが宗主の伝言を申す。

 先日に伺った話より、喜蝶さまは異国の者たちに追われている様子。

 その者たちに喜蝶さまの居場所がわかっては、今後のためにならぬと思うゆえに、二人の命を頂くことにした。

 何の恨みもないが、これもまた天の定めであろう」


「なんと、勝手な言い分。

 姉上、この場は私がしのぎますゆえ、姉上だけでもお逃げください」


 そう言いながら蘆信は剣をかまえ、その切っ先を目の前の一人に定める。


 その時、彼の背中にとんとぶつかってきたものがあった。

 「何が起きた?」

 そう思ったのと、全身の力が抜けたのとは同時だった。


 かろうじて振り返ると、姉が蒼白な顔をして自分を見つめている。

 視線を下ろせば、その両手に自分の背中から抜いた短剣が握られていた。

 しかし、心の臓を一突きされた彼の視界はすぐに暗闇となり、剣を落とした体はその場に崩れおちた。


 すべては一瞬のことだった。


 事の成り行きに驚いた荘興の手の者たちが、ただ遠巻きに見守る。

 趙藍は座り込むと、何も見ていない目を見開いたままの蘆信の頭を、その膝の上に抱いた。


「蘆信、おまえに海を見せたかったが、叶わぬこととなりました」

 そう言いながら、藍は弟の目を閉じてやる。

 そして毅然と姿勢を正し、さきほど荘興の口上を述べた者に向かって言った。


「荘興さまにお伝えください。

 荘興さまの喜蝶さまへのお心遣い、この趙藍、痛み入りますと。

 喜蝶さまとお別れすれば、もとよりこの命はなきものと覚悟しておりました」


 そして、弟の命を奪った短剣を自分の首に当てて、一気に引いた。






 銀狼教の寺院は、西華国の西、銀狼山脈の麓にある。


 草木も生えぬ岩肌を背に、銀狼山脈の万年雪と変わらぬ白い建物が、何棟もそそり立つ。しかし寧安上人が朝に夕に読経する廟は、岩肌を迷路のように深くくりぬいた奥にあった。


 祭殿には、三角の耳だけが獣の痕跡を残した像が鎮座している。

 その周りには、西華国建国以来の王や妃たちの位牌が並べられている。


 寧安上人はここで、読経によって銀狼神と多くの御霊を慰め、そしてその代わりに時々もたらされるお告げを聞くのだ。


 座して経を唱える彼のまわりには、幾百という灯明がともされている。


 その灯明の皿一つ一つに、若い僧が油を足していた。

 その時、風もないのに、すべての灯明の灯りが一瞬大きく揺らぎ、そして消え入るように細く暗くなった。


 若い僧が驚いて「あっ!」と声をあげる。


 深い洞窟の廟は闇に包まれた。

 そして再び、何事もなかったように灯明は輝きを取り戻した。


 そのことにより、寧安上人は自分の告げた予言の一つが果たされて、それに関係したものが命を落としたことを知った。






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