026 荘興、真白い髪の少女と出会う・4
関景の提案に、黄正は返す言葉に詰まった。
しかし、千松園の帳場を静寂が支配したのは、ほんの短い時間だった。
妙なる笛の調べが、二階から流れてきた。
真白い髪の少女が吹く笛の曲は即興だ。
その音色に、聴くものそれぞれが胸に秘めた自分の想いを重ねる。
それは、昔々に見た風景であったり、忘れていた思い出であったり、別れてしまった人への想いであったり……。
日々の忙しない暮らしの中に閉じ込めていたそれらが、笛の音とともに手を伸ばせば触れられるもののようにその姿を現す。
そして、人は不覚にも頬を流れ伝う涙とともに気づくのだ。
決して、それらを忘れてはいなかったのだと。
その時、真白い髪の少女の笛の音で黄正が思いを馳せたのは、この二十年、朝に夕にと眺めてきた江長川だった。
江長川の源は、遠い西の地の果てにそびえる銀狼山脈の雪解け水を集めた小さな清流だ。
時に砂漠の下にもぐり、地上に現れては青い草原を森を田畑を潤しながら流れ続ける。そして、青陵国・慶央の南では大河となり、最後は海に注いで終わる。
人の一生も江長川の流れのようなものであろうかと、黄正は思った。
ならば今、息子・平の川はどこを流れているのであろう。
その流れを無理に堰き止めたところで、水は溢れ、思いもよらぬ方向へ流れて行くだけに違いない。
笛の音が余韻を持って終わると、黄正は居ずまいを正して言った。
「気の利かぬ平ではありますが。
関景様、どうか、よろしくお願いいたします。
平よ、これからは荘興さまを父と思い関景さまを祖父と思い、心して仕えるのだぞ」
その言葉に頷く関景に、黄正は深く頭を下げた。
その夫の後ろ姿を、茶器をお盆に乗せた彼の女房が見つめていた。
息子を失う日が来たことを悟った女の持つ盆がカタカタと鳴る。
数日後、荘興直筆の礼状とまとまった金銭が千松園に届けられた。
「恩義ある荘興さまに、当然のことをしたまで」
黄正は言い、受け取らなかった。
荘興もまたそれでは引き下がれない。
そういうことを、数度、繰り返した。
そして年の瀬も近くなったある日、関景が川魚料理を食しにやってきた。
平も供の一人として神妙な顔でついてきていた。
もう自分の息子ではないことが、黄正には辛くもありまた誇らしくもあった。
食事も終わりに近づいた時、関景は黄正と高を部屋に呼んだ。
いつものように、料理へのお褒めの言葉をいただけるのだろうか。
関景は言った。
「年明けより、千松園の上納金を納める必要はなくなった。
この千松園は、宗主より、おまえたち親子に下される。
ますます繁栄させるがよかろう」
実直な黄正は、真白い髪の少女と出会ったことで、息子を一人手放した。
しかし、荘興の計らいで、名実ともに千松園の亭主となった。
数年後、高は働き者の嫁を迎え、数人の子をなした。
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