025 荘興、真白い髪の少女と出会う・3



「荘興さま、喜蝶さまが笛の名手であられることも、聞き及びかと。

 いま、喜蝶さまにご所望いたしましょう」


 それに応えて、荘興が少女に言った。

「おお、それは、願ってもないこと。

 なんという曲を聞かせていただけるのかな?」


 その言葉に、笛の入った錦の袋の紐を趙藍に解いてもらっていた少女が、再び荘興の顔を見つめた。

 まだ幼さが残った白い顔と金茶色の目に、深い諦観と物問いたげな表情が浮かんでいる。


 趙藍が言った。 

「喜蝶さまの奏でられる楽曲は、即興でございます」

 そして言葉を続ける。


「荘興さま、ご存じではありませんでしたか?

 喜蝶さまは言葉が不自由です。

 ゆっくりと話せば、こちらの話す言葉は理解されますが……」


 趙藍の言葉に、少女が天涯孤独で人の手から人の手に渡される存在であることを、荘興は思い出した。

 その哀れさに、今度は、彼は少女の視線を逸らすことなく受けとめた。







 荘興に茶を所望された黄正が階下に降りると、帳場では、関景があぐらをかいて座り、茶をすすっている。

 その横には、平がかしこまって、こちらは足も崩さぬ姿勢で座っていた。


 無事に務めを果たした平でありながら、彼にかけるべき言葉を持っていないことに、黄正は気づいた。

 それでとりあえずは、女房と高と通いの下働きの者たちに言った。


「案ずることは何も起きぬから、安心するがよい。

 それぞれの持ち場に戻って、各自の務めを果たせ。

 宗主さまが茶をご所望だ。

 お客人も含めて、四つほど用意をせよ」


 それから関景に挨拶をする。

「関景さま、お久しぶりでございます」


 茶器を片手に持ったまま、関景は徐黄正の問いかけに頷いて応えた。

 そして、目を二階に上がる階段に向ける。

 顔の表情だけで、『江長の間』の様子を訊ねてくる。


「宗主さまが、何事もなくお収めになられました」


「血気盛んな若者がいると聞いたゆえに、少々ごたつくとかと思ったが……」


「一瞬の一言で座を支配されるさまに、さすがと感心いたしました」


……なんの、それしきのことで、驚くことはない……

 また顔の表情だけで応えて、関景は茶器を卓上に戻す。


「まあ、階上のことは荘興に任せよう。

 それはそうと、黄正よ、おまえの息子の平のことだ。

 若いが、なかなに肝が据わっているな」


「乱暴者で手を焼いております平に、そのようなお褒めの言葉。

 今朝がたは、関景さまにご迷惑をおかけしたのでありませんか?」


「謙遜するには及ばぬ。

 父の言葉を信じて、恐れることなく自分の信念を貫く平の姿は、見ていて気持ちのよいものがあった。

 それでだが、黄正よ……」


 関景の言葉が冷たい塊となって、黄正の胸をひやりと通り過ぎ、腹の底に落ち込む。


「はい、なんでございましょう?」


「いま、平から、荘本家で働きたいとの想いを聞かされた。

 平は、なかなかに見どころのある若者だ。

 わしの手元に置いて目をかけてやろうと思う。


 ただそれには、おまえの父親としての許しがあったほうがよい。

 そのように考えるのは、わしも年をとったということか」







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