024 荘興、真白い髪の少女と出会う・2



「趙さま、弁当をお持ちいたしました」

 戸の外で、宿屋の亭主・徐正の声がした。


 そして、蘆信の返事を待つことなく、戸がすっと開く……。


 気配を消した男たちが左右に分かれて入ってきた。

 蘆信を取り囲むように立つ。

 その数、七人。


 油断したと悟るよりも素早く、あっというまの出来事だった。

「姉上、喜蝶さまを守って、奥の部屋に!」


 叫んだ蘆信を制して、五十歳ほどに見える上背のある男が言った。


「驚かせて、申し訳ない。

 こうでもしないと、素直に会ってはくれぬと思い、少々、手荒なことをさせてもらった」


 そして、蘆信の剣の柄にかけた手を見やって、言葉を続ける。


「この状況で、刀を振り回すことは、お互いに避けたほうがよいと思うのだが。 

 そちらは、女連れだ。

 その気はなくとも、災いが及ぶかも知れぬ。

 まあ、落ち着いて座られよ」


 そして蘆信を見つめたまま、後ろに控えていた徐黄正に言った。

「亭主、すまぬが、茶を頼む」






 目の前の男の落ち着いた雰囲気に呑まれたのか。

 それとも取り囲む男たちの隙のなさに諦めたのか。

 蘆信は男の言葉に従うしかなかった。


「西華国のものか? それとも……?」

「いや、そのどちらのものでもない。

 私の名は、荘興という」


「では、女たちに用はないであろう。

 二人は、部屋から出してもらおう」


「それがそうはいかぬ。

 そちらの喜蝶さまといわれるお人に用事があって、参ったのだ。

 喜蝶さまも、どうか座って欲しい。

 それから、趙藍さんと言われたか。

 そちらもぜひに座られよ」


 見知らぬ男の口から喜蝶の名前が出て、蘆信の体に再び緊張が走った。

 左手に持った刀の柄に無意識に右手が伸びる。

 その気配を察して、周りを囲んで立っている男たちが刀の柄に手をかけ、半歩、足を踏み出す。


 その時、喜蝶を背にかばうように立っていた趙藍が、静かだがよく通る声で言った。


「荘興さまと言われましたか。

 弟の蘆信に代わって、私がお話を聞きましょう」


 驚いた蘆信が姉の言葉を遮った。

「姉上、ここは、私にお任せを」


 しかし、趙藍は首をかすかに横に振り、荘興を見つめると言葉を続けた。


「荘興さまは、喜蝶さまのことをご存じの様子。

 そして、それはいつごろからのことでございましょう?」


 そこで初めて、荘興はまじまじと喜蝶を見つめた。


 目の前に座る真白い髪の少女は、武装した男たちの出現に怯えた様子もない。

 荘興の目を、その金茶色の目でひたと見つめ返す。


 ……眼差しで、心の内を読まれている……

 彼は目をそらした。


 周壱の読経の声が彼の耳に、その首を刎ねた時の感触が彼の両手に、満天の星の夜空に燃え上がる紅蓮の炎が彼の目の奥に、ふいに蘇る。


「三十年も、昔となる」


「三十年も待たれましたか。

 それは長い歳月でございました」


 趙藍はそう言うと、横の蘆信に体を向けて言った。


「蘆信、喜蝶さまとお別れの日が来ました。

 納得のいかないことではありましょうが、決して騒いではなりません。

 今日というこの日のために、私たちは国を出たのです。

 今まで黙っていたことを申し訳なく思っています。

 あなたが知りたいと思う詳しい話は、こののち、おいおいと語りましょう」


 


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