023 荘興、真白い髪の少女と出会う・1


 

 客桟・千松園の徐高の作る朝食には定評がある。

 蒸し立ての饅頭、葉物の漬物、江長川で捕れた鯉の汁もの。

 たった三種類だが、どれも美味しい。


 湯気の立つ真っ白い饅頭を半分に割って、酸味の効いたまろやかな塩味の漬物を挟み、一緒に食する。

 そしてその淡白さに物足りなくなると、ほどよくうま味を含んだ脂の浮いた鯉の汁ものに口をつける。


 誰もが、朝から胃袋が底なしになったように思うはずだ。


 いつもは小鳥がつついたようにしか食べない趙藍と喜蝶も、そうだった。

 二人で顔を見合わせて、お互いの食欲にくすくすと笑っている。


 そんな姿を見ていると、

 ……この客桟の亭主には、裏を感じる。

   早々に出立したほうがよい……

 と、言い出し難く、蘆信は迷っていた。






 長男で調理人の高を連れて、亭主の徐黄正が『江長の間』に現れた。

 皿に盛った饅頭がなくなっているのを目ざとく見て、彼は目を細める。


「昨日の菓子をお客様が大変気に入ってくださったと聞きまして、倅がぜひともご挨拶申し上げたいと申しております」


 高が父親の後ろより姿を現した。


「千松園の料理を任されている徐高にございます。

 まだまだ未熟者ではございますが、お客様のお言葉が励みとなります」 


そう言いながら、彼は瑞々しい梨を切り分けて盛った皿を差し出した。

「初物でございます」


 二人の女たちが、「しまった、朝食を食べ過ぎた」と、顔を見合わせる。

 それを見て、亭主の黄正が言った。


「こういうものは別腹と申します。

 それで、今日はどのようにお過ごしでございましょう?」


 蘆信が口を開こうとしたのを制して、藍が答えた。

「昨日、お勧めいただいたように、慶央の街を見物しようと思います」


「おお、さようでございますか。

 それであれば、高に弁当の用意をさせましょう」


「ありがたいことです。

 こうして三度三度、高さん作られたお食事をいただいていると、ここを発つ日が来るのが残念に思われます」


「こちらこそ、有り難いお言葉にございます。

 どうか長くご滞在くださいませ。

 それでは、弁当の用意してまいりますれば、お仕度などをごゆるりと」


 いつになく姉は楽しそうで饒舌だ。

 中華大陸の西にそびえる銀狼山脈の麓から歩いてきて、あと少しで東の果ての海に到達する。旅の目的については何も聞いていないが、終わりが近いのだろうかと、ふと、蘆信は思った。

 





 袖の短い白い下着を打ち合わせ、その下にはゆったりとしたズボン。

 そして、薄緑色の袖のない一重の上着と黄色の幅広い帯。

 真白い髪も、赤い紐を絡めて固く編み背中に垂らしている。


 日中はまだ残暑が厳しいので、涼しげな喜蝶の姿だ。


 窓辺に立ち、江長川を見下ろしている少女の横顔を、蘆信は見た。

 朝日に照らされた水面の輝きがここまで届いて、その白い顔を明るく見せていた。


……あと数年経てば、美しい大人の女となる

  なんと、楽しみなことだろう……


 そして、不思議な感覚に捉われた。

 西華国を出てより、何度、夏が巡ったことか。

 その間に、同じことを、何度、思ったのだろう。






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