022 徐平、父の文を懐に荘興に会う・4



「なんだと。

 こちらがちょっと優しくものを言ってやれば、図々しく言い返しやがって。

 命が惜しくないのか」


「そのセリフは、そのままおまえたちに返してやる。

 宗主さまに会わせてくれるまで、ここを一歩たりとも動かくものか」


 門の前にあぐらをかいて、徐平は座り込んだ。

 徐平の後ろには、何事かと起きたのかと、人が集まり始めている。

 騒ぎを聞きつけて、屋敷内からも刀を引っ下げた者も、数人、出てきた。


「そんなところに座り込みやがって。覚悟しろ」

 徐平に向かって長槍を突き出した者を「まあ、まあ」と、年かさの一人がなだめて言った。


「さきほど、関景さまが屋敷に入ったばかりだ。

 これは、関景さまにお手数でも戻ってきてもらわねばなるまい。

 我々では、判断しかねる」

 

 関景は、還暦を迎えたばかり。

 荘興が荘本家を立ち上げた時からの側近中の側近だ。

 千松園の川魚料理がお気に入りで、手下を引き連れて何度も来ていた。


 関景さまがいらっしゃるとは……


 すべて天命だと父の徐黄正は言った。

 天は自分の運命をよい方向に動かしていると、徐平は思った。

 額を流れ落ちる汗が目に染みる。

 夏の盛りを過ぎたと言っても、まだ日差しに力がある。






 しばらくして姿を現した関景は、すでにことの次第の説明は受けたのだろう、座り込んでいる徐平を見て言った。


「見覚えのある顔だと思ったら、千松園のせがれの徐平ではないか。

 宗主に直々に手渡したい文があるとのことだが、それが叶わぬことくらい、おまえでもわかるだろう。

 折を見てお渡しするゆえに、その文は、わしが預かろう」


「関景さまでも、無理なものは無理です。

 宗主さまに直々に手渡すようにと、親父おやじ……。

 いえ、父に言われています」


「困ったことを言う奴だ。

 そこまで言うなら、考えないでもない。

 しかし、荘興の怒りに触れれば、おまえの体がどうなるか。

 その覚悟はあるか」


 その言葉になんの迷いも浮かんでいない明るい目を輝かせて、平は答えた。


「あります!」 

「怖れを知らぬ若造が大口を叩きおって……」


 口調は苦々しいが、関景の細めた目が笑っている。






 姿を現した荘興は、徐平のすぐそばに立った。


 早朝から、自分に会いたいと騒ぐ若者の存在を聞かされて煩わしく思ったが、会おうと決めれば彼に迷いはない。

 傍に控えて座っている関景を通して、言葉をかけるのも面倒だ。

 彼は徐平を見下ろして言った。


「それでは、文を見せてもらおう」


 徐平は汗で湿気った文を懐から取り出すと、うやうやしく頭上に差し出す。


 荘興の精悍な顔の髭はすでに手入れされ、髪も結われたばかりのようだ。

 歳を感じさせない長身で引き締まった体つきに威圧された。


 長い時間が経ったように思われた。


 静寂に耐えられなくなった徐平は、顔を上げた。

 声が降ってきた。


「徐平、馬に乗れるか?」

「……、はい!」

「では、先を駆けて、案内を頼む」


 そして傍らに控えている関景に言った。


「千松園には手練れの者が一人いる。

 供の中に、腕に覚えのあるものを加えよ」


 



 



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